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75.ダブルデート①

「何でお前がウチの合鍵持ってるんだよ!」 「いくら研究室とはいえ、貴重品を長時間置きっぱなしにするのは不用心ですよ。 ちょっと気が緩みすぎてません?」 「それ犯罪だからね!!!」 「君だって合鍵を持ってるのだから、おあいこじゃないですか」 「だったら欲しいっていえばいいだろ」 「くれないじゃないですか」 「まあ、あげるわけないよね」 「でしょ」 「やっぱり二人、仲いいの?」 「おや、櫂。おはようございます。 ええ、とっても仲が」 「悪いよ!」 誉は満に被せ気味にそう言うと、カイを背中に隠す。しかし満は気にせずカイの姿を改めて覗き込んで眉を上げる。 「おや、眼鏡をしていないのですね? それにその格好……………なるほど」 「ストライクゾーンに入ってきたなみたいな顔するのやめてくれる」 「よくわかりましたね」 「絶対駄目だよ」 「味見くらいいいじゃないですか」 「駄目に決まってるだろ!」 「あのさ」 頭上で言い争うお兄さん達を見上げながら、カイがおずおずと口を挟む。 「……満兄さん、あのさ」 「はい」 カイは誉の背中の後ろでモジモジしながら、顔を赤らめる。満がしゃがみ、少し前のめりにその顔を覗き込んだところでカイは両胸に手を当てながら尋ねた。 「さっき、見た?」 思わず吹き出した満は、恋人の可愛さに悶絶する誉をよそにニッコリ微笑んで答えた。 「ええ、見てないですよ。 櫂の胸に可愛いハートの絆創膏がついているところなんて、私、全然見てませんよ」 「そっか、見てないならよかった!」 まさかそう来ると思わなかった満はまた吹き出してしまう。 一方でコミュニケーション能力がポンコツのカイは真面目に安心したようで、ほっと胸をなでおろしている。 その様子が可愛らしかったので頭でもなでてやろうと手を伸ばしたら、誉にぴしゃんとはねのけられた。 カイを守るように抱きしめて、忠犬宜しくガルガルと牙をむいてくる誉に、満は肩を竦める。 その様子にこの男の独占欲と重たい愛情を受け止められるのは、確かに物を知らないこの子しかいないかも知れないなと満は半ば呆れながら思った。 「もう行くの?」 「ええ、準備はできましたか?」 カイは何も考えていないので、誉の方を見やる。 「カイは歯を磨いておいで」 「わかった」 「俺はその間にちょっと荷物入れたいから、終わったら待っててね」 「わかった」 「お利口だね。 そんなわけで満、車開けてくれる?」 そう言いながら誉が取り出した大きなボストンバッグに満は引き気味で返す。 「そんな大荷物要ります?」 「いるでしょ! カイのお弁当とかカイの飲み物とか、カイの着替えとかカイの薬とかカイのオヤツとか……」 「何回櫂っていえば気が済むんですか。 まるで子育て中みたいですね」 「恋人が快適にデートを楽しめるようにするのは彼氏として当たり前のことでしょ」 「私はそんなに尽くしてもらった記憶がないですが」 「君は自分で何でもできるじゃないか!俺が尽くすまでもなくやっちゃうんだから尽くせないよ! それに比べてカイは何もできないから本当に尽くし甲斐があって最高なんだよ〜」 「誉は子供ができたらいい父親になりそうですね」 「子供?!子供は嫌いだよ。 あんなの面倒なだけだし、大きくなったら巣立っていっちゃうじゃないか。セックスもできな……いやそれはやろうと思えばできちゃう……?けどなあ……」 「君もなかなかいい感じに拗らせてますね」 満はため息交じりにそう言って誉にキーを渡すが、お前も来るんだよと一緒に玄関外に出されてしまった。誉は、カイと満を二人だけにするなんて耐えられない。 「そういえば航は?」 ちゃっかり荷物を半分満に持たせ、アパートの階段を降りながらふと誉が問うと、満は不敵に笑ってポケットからリモコンを取り出してスイッチを押す。 その目線の先を誉も追うと、見慣れない大きな車がアパート前の停まっている。その助手席でモゾモゾと動き出した人影に、誉はため息を付いた。 「だからさ、君たちのプレイに巻き込まないで欲しいんだよね」 その時助手席の窓が開いた。 真っ赤な顔をした航が頭を出した。 キョロキョロと周りを見渡して、誉の姿を見つけるとギクリとした顔をして直ぐに頭を引っ込めた。 「弟と親友にバレないように頑張る如月くんは、なかなか見応えがあると思いますよ」 満は楽しげにそう言うと、もう一度リモコンスイッチを押す。 誉はため息をついて、素知らぬ顔で満の後を付いていった。 「そういえば、車変えたの?」 そして、普段通り且つ何も知らぬ存ぜぬを装った誉がトランクを開けながら言う。 以前乗っていたクーペから、アウトドア向けのSUVとずいぶん大きな鞍替えだ。 インドア派の満とは少しイメージが合わない。 「ええ、この方が色々と便利なんですよ。 後席がフルフラットになるし、ラゲッジも水洗いできますしね」 「へえ、それはいいね」 「でしょ」 直ぐに用途を察した誉はそう興味なさそうに返した後、荷物を入れ始めた。 すると前席が開き、航が出てくる。 「おはよう、誉。」 「わっ。航、乗ってたんだね。 君は現地集合だと思ってたよ」 誉が敢えてそう返すと、航はホッとした顔をしながらいつもの調子で続ける。 「吉高が車出すっていうからさ。 お言葉に甘えさせてもらったんだ」 絶対尻に何かしこまれている筈なのに、さすがの精神力だと誉は素直に感心した。 「誉、如月くんが小さすぎて見えなかったなんて言ったら失礼ですよ」 「小さくねえし」 「もう、そんなこと言ってないでしょ」 「誉、また櫂が世話になったみたいだな。 いつも、すまない」 「ううん、俺も櫂くんがきてくれると楽しいんだ。そうそう、昨日は一緒に料理をしてね。 オムレツ作ったんだけど、とっても上手に出来たんだよ。後で写真見せてあげる」 「そうか。あいつにとっては貴重な経験だな。 うちではなかなかさせてやれないから助かるよ」 「ちなみに今朝もパンケーキを焼いてくれたんだ。なかなか飲み込みも早くてね。 櫂くんは料理が上手になると思うよ」 「櫂が?意外だな」 「ちょっとずつだけど食に興味も持ち始めてくれているし。この調子で少しでも偏食が良くなるといいんだけどね」 誉の言葉に対し航は一瞬顔を曇らせたが、直ぐに元の調子で、 「そうだな。助かるよ」 とだけ返した。誉はその違和感から思わず満を見るが、彼も詳細は知らないようで肩を竦めて返すだけに留めた。 するとその時、 「ほま……げっ、兄さん」 と、上方から声がした。 歯磨きを終え誉を待ちかねたカイが顔を出していたのだが、航の姿を見つけるなりそう言って引っ込む。 「あいつ……」 忌々しそうにそれを睨む航の肩を誉は撫で、 「ちょっとずつね」 と微笑んだ。 「今、行くよ」 そしてニコニコと手を振ると嬉しそうに階段を上がっていく。 誉が着く間に眼鏡も掛け、櫂の用意も整ったようだった。眼鏡をかけていても今日の格好はよく似合う。可愛らしい恋人の姿に誉はホクホクである。 そしてまるで王子様にエスコートされるお姫様のように櫂が誉の手を取り階段を降りてくる。 「ねえ航、見て見て。 この服可愛いでしょ〜。僕が選んだの」 そして誉はそう言って、自慢げに航に櫂を前に出して見せつける。 「……」 一方で航は何だか渋い顔だ。 満がそんな航に穏やかに言う。 「櫂は子供ですから、いいんですよ、これで。というか、あなたが気にしすぎなんです」 「どういうこと?」 「この人、どこに関係者がいるかわからないから外出時はラフな格好は厳禁なんですって」 「ホントだ、よく見ると全身ハイブランド男」 「言い方」 「御曹司は大変なんだねえ」 「兄さん……」 櫂はおずおずと航に向かい問う。 「だめですか?」 航は大きなため息をついた後、跪いて櫂に目線を合わせてみる。かなりラフだが、そういえば櫂がこういう格好をしているのは見たことがない。いつもの格好よりも年相応のように見えて、これはこれで良いものだと思った。 「お前はこれ、気に入っているのか?」 「は、はい……。 誉先生が選んでくださったので」 気に入ってくれてたんだ! その言葉に誉は嬉しくてたまらず、満の肩をバンバンと叩く。 航は櫂の頭を撫で、 「そうか、ならいい。 よく似合ってる。よかったな」 と、表情を緩めた。 櫂も安心して肩の力を抜いた後、嬉しそうに微笑んだ。 「如月くんは助手席。 誉と櫂は後席でいいですね」 「はい」 「勿論、いいよ」 「如月くん?何かご不満でも?」 「いや……」 航は軽く頭を掻きながら、満に向かい言う。 「その、"如月くん"ての、やめないか」 「じゃあ"若さま"?」 「違うよ。お前、分かって言ってるだろ」 満はふふっと笑う。 「満、疲れたら運転変わるよ」 「ええ、頼りにしてますよ、航」 見せつけられた腹いせに、 「ちょっと君たち、いつの間にそんなに仲良くなったの?」 と、誉が茶化す。航はすぐ顔を真っ赤にしてそんなことはないと怒るが、とても分かり易い。 「兄さん、満兄さんと仲良くなれてよかったですね」 「だから仲良くねえし!」 終いには櫂からもそう追い討ちをかけられてしまい、航は苦々しい顔をする。 「ところで、運転変われるんですか?」 「当たり前だろ、変われ……。 こら、尻を、揉むな」 「こうすると、中が擦れて気持ちいいでしょ」 「やめろっ」 本当に仲良くなったというか、航も満更じゃない感じじゃないか。 車窓越しに2人を見ながら誉は半ば呆れ気味で思った。 「誉先生」 「なぁに」 そんな誉の手をカイがギュッと握る。 そして 「ペンギンさん、楽しみですね」 と、無垢な笑顔を向けた。 そしてその後、意を決した様に眼鏡を外す。 「おや、いいの?」 カイは頷く。 「今日は大丈夫、な、気がする」 「そっか」 誉は微笑んで、その頭を撫でてやる。 そのタイミングで兄さん二人も車内に乗り込み、いよいよ出発。ダブルデートの始まりだ。

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