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☆ 第3話

願いは残酷にもやってきた。 「中、出すで……っ」 啓影のその言葉にようやく終わるんだと。男とセックスするのなんて屈辱以外のなにものでもない。 けれど、もう、なにも思わない≪思いたくない≫。 向こうが満足するのなら中に出そうが外に出そうが関係ない。どうせ、オレは男だから妊娠の心配だってない。 最後に一際強く奥を穿たれ止まったかと思えばどろりと中を熱いもので満たされる。 「は、ぁ……。汐崎君……」 「っ、抜いて、くれ」 そんな声を出すな。気持ち悪い。満足したなら、もう解放してくれ。 その思いでオレは気怠さを感じながらも必死に身じろぐ。すでに泣いてたかもしれないけど、それでもまだ残る自尊心を守るため泣くまいと唇を噛み締める。 「っ゛……!」 「俺のって印残こさんと」 じくじく痛む右肩に噛まれたと知りおぞましい台詞が聞こえた。いつ、誰がお前のになったんだ! そう怒鳴りたいのに先程の出来事を思い返し喉まで出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。 じっとりと右肩を舐る舌。これ以上はしたくない! やめろ! 伝えるようにもがいていた時。 聞き慣れた着信音が聞こえる。会社からだ。こいつで宅配は最後と言えど報告を終えていない。あの社長の事だ。また遅れたなんだという理由で残業を命じるんだろう。――残業代も出さずに。 「お、い! 呼ばれたから、離せ……!」 酷く掠れ切った声で言えばずちゅっと嫌な音を立てようやく中から啓影のちんこが引き抜かれた。時折なにかが零れてんのはこいつが出した精液だろう。 最悪だ。べとべとする身体から解放されたくて早くシャワーを浴びたい。でも、戻らねぇと。 「ぁ……?!」 「しゃーないから中の掻き出さんとな。……ほんまはこのままがええけど」 孔に入る啓影の指に吐き気が込み上げる。さっきと比べ物にならない嫌悪感。奥まで入れられ孔の中の精液が掻き出される。 「ふ、ぅ……っ。ぁ……!」 全て掻き出したのか指が引き抜かれほっと安堵する。早く拘束を解けと言おうとしたとき、耳元に息を感じた。 まさか。 「さっきのかわええ声で勃ってもうた」 「な……ぁ……」 「ごめんな。もっかいしよ?」 拒否権なんてなかった。問い掛けるようなのに有無を言わさない言葉。すぐさま入ってくるちんこにオレはせめてもの抵抗で意識を飛ばす他なかった。 カチャカチャと食器が立てる音で目を覚ます。見知らぬ天井。鈍痛の走る腰と孔。 身体も気怠く目を開けてんのさえ億劫だった。オレはなにしてたんだっけ。 思考を巡らそうとした。 「起きた?」 がばりと起き上がる。気怠かったり痛んだりするなんてこの際知らない。顔を見る前に玄関まで駆け靴を履く。 逃げないと。ここから。ドアに手を伸ばすオレの手に重なる手。 ばっと後ろを見ればいつの間にか啓影がいた。啓影はオレにキスをし「またな」なんてまるでカップルのように言う。 「死ね!」 捨て台詞のように吐き捨て口を拭いながらオレは玄関を飛び出した。うまく履けていない靴で途中すっころびそうになりながらも停めていたバンに乗り込み会社に戻る。 駐車料金いつもより高いなとか社長に怒鳴られんだよな。なんてそんな悩みのようなものですら今日の出来事は最悪だった。 ――――――――― 会社に戻れば数名の社員しかいない。社長は戻ってきたオレを見るなり大声で怒鳴る。変に目ざとい社長はオレの仕事着が僅かに乱れているのに気付き「客と寝たのか」なんてニヤニヤしながら言った。 好き好んでしたわけではないから違うと強気に否定するにもこいつは嘲る様に「お前はバカなんだからそれで客を取れ」なんて。 普通配送先を増やすのはお前の仕事だろ! という悪態をすんでで飲み込んだ。 「顔はいいんだよな、お前。どうだ? 今後枕したらいいだろ?」 「……お断りします」 「ああ、そうかよ! だったらこれ終わるまで帰るなよ! 後2か月は給料ないからな!!!」 とんだパワハラセクハラ野郎だ。つか、よくよく考えたら配送業者が枕って。 ここはホストかよ。 溜息すら飲み込んで山のように積まれた書類に目を通す。こんな社長のせいで事務はとうの昔に辞めた。 会計は社長に脅されていて男だが性行為もされていると噂で聞いた。可哀相に。新しく人が入る事は数年前からなくなった。残ってんのは社長に怯えた社員と死んだ顔した社員のみ。 オレのような高卒社員はいない事務の代わりに書類仕事をするしかない。それでも給料なんて雀の涙だ。そんな給料も抜きにされれば生活は当然苦しくなる。監査に言いたい。でも、過去にいた社員が監査に言い調査はされた。やってきた監査に社長は外見を取り繕いそんな事実はないと騙る。 なんでかそれで深く疑わずにここに監査は来るも帰る。なんでだよ。 そうして告げ口した社員はさらにのしかかる社長の重圧に負け自殺したとかしてないとか。 「はぁ……」 我慢のできない溜息を吐く。こんな地獄でも啓影にされたことの方が地獄だった。誰か代わりに行かねぇかな。 「あっつ……」 代わりにと思ってもそんな願いは叶わない。つか、あいつもあいつで他の会社にしろよ。……いや、店がそうしてんのか。 ぐちぐちと文句を零しながら今日は重い荷物を運ぶ。最近やたらとふらつく身体のせいでいつも以上に時間をかけ啓影の部屋に。 置き配にとも思うがそもそもうちはしていない。インターフォン慣らして置いてったらダメか? サインなんて別にいらないし。社長は適当だしな。 重い気持ちのままインターフォンを鳴らす。 「……あ?」 普段はどたどた聞こえる足音が聞こえない。数分置いてもう一度。 なにも聞こえない。下に戻って不在表書くか。 再度荷物を抱え直した時、オレは啓影がいなくてほっとした気持ちと一緒に何故か悲しさを覚えていた。 「……結局あいつも他の奴らと同じか」

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