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第5話

「……どこだ、ここ」 目を覚ませば見知らぬ天井が視界に入る。外は夜なのか室内は暗い。 病院の天井ならもう少し明るい気がする。起き上がろうと身体を起こすもくらりと眩暈がしてまたベッドに倒れ伏してしまった。 オレの家にある薄い布団じゃない。片手で数えるほどだがホテルの部屋のような。 いつまでも寝転がっていたいが、ここがどこか知らねぇと。 のろのろとオレはもう一度起き上がった。と、同時にドアが開く音が聞こえた。 「っ……!」 姿を見せたのはもう遭うことはないと思っていた。啓影だった。あいつは「おはよ、ソリテ」なんて声をかける。 啓影が近づくたびに逃げねばと思うのに身体は動かない。そもそも逃げるとこなんてない。 ひやりとやけに冷えた手が頬に触れた。 「瘦せたなぁ」 バシッ! とその手を振り払う。あの日の記憶が蘇る。 「ふふ。なんもせんよ?」 「信じられるか。レイプ魔のことなんか」 「確かにあん時は手酷くしてもうたけど、次は優しくするで?」 「二度とするか!」 気色悪い。ああ、くそ。どこでもいい。逃げないと。 ベッドから出ようとするもふらつく身体は啓影に抱き留められベッドに戻される。 「水持ってくるわ」 あいつがいない間に逃げれる体力が回復するのを待つしかなかった。 久々に会ったソリテは以前より痩せてて。原因はあの会社なんは一目瞭然やった。 あそこからどう引き離そうか考えた結果、ソリテの人権とあの会社の株を買うことにしたんやけど。 「……はあ、にしてもあの顔はあかんなぁ」 部屋に来たのが俺と知った時の驚きとあの時の恐怖を浮かべた瞳。 何度あの日で抜いたとしてもやっと触れた本物(ソリテ)に性欲を抑え込むのがやっとやった。 リビングに向かい冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出しながらスマホを取り出す。 彼を追い詰めた場所の株なんてとうに手放したと同時にあの会社の内情を週刊誌に売った。 ニュースサイトにも載り始めているのを確認して笑みを浮かべる。 今頃あれは慌てふためいとるやろうけど、気に留めることもない。 スマホをポケットにしまいソリテのおる部屋に戻る。 彼は逃げることはせず大人しくベッドに座っていた。まあ、逃げれんってのを悟っとるのかもしれんけど。 「喉乾いたやろ?」 そう言って差し出すペットボトルからソリテは視線を背ける。 警戒心丸出しの野良犬って感じでかわええな。 「なんも入っとらんって」 そう言いながら俺は蓋を開け口に含む。 「そんな事信じられ……ん……っ!?」 ソリテの顎をつかみくいっとこちらに向けさせたと同時に口付け水を流し込む。 吐き出すこともできない水はソリテの意志と反して喉に流し込まれる。 「は……っ」 「ほら、なんも入って……」 ないやろ、と続く言葉を飲み干すしかなかった。彼の瞳がまるで情欲を孕むように妖しく揺らめく。 「……ッ!?」 抑え込んだ性欲が首をもたげる。誘われるように今度は水を含まず口付ければソリテは驚きに目を丸める。 恐らくやめろ、なんて言おうとしたのか開く唇に好機とばかりに彼の口内に舌を滑り込ませ奥に逃げ込む彼の舌を絡めとる。 「ン、ぅ……っ」 欲しい。ほしい。 今まで我慢していたのだから。 くちゅりとわざとらしく水音を立てながら口内を犯す。抵抗の意志なのか俺の胸を押す手は弱々しくて。 ……もう、我慢なんてできんかった。 「は……ぁ……っ」 肩で息をするソリテを尻目に哀斗は彼の首筋に舌を這わした。怯えるように小さく震える彼が愛おしくて。 首筋に歯を立てた。 「ぃ"?!」 あふれ出る甘美な汁を啜る。ソリテの口からは意味をなさない母音しか出なかった。 理解の範疇を超えた出来事を理解しようと懸命に思考を回しとるんかな、今。 「ぅ……っ」 口を離すと牙が抜かれるのに感じたのか声をこぼすソリテに俺の性欲は高まる。 抱き潰したい。誰にも染められたことのないこの無垢な色を。 ――俺の色に。 でも、今やないな。……我慢せんと。 ふぅ、と俺は息を吐く。 「ソリテ、腹減ったやろ」 「別に、」 ソリテが俺の言葉を否定する前に待ってましたとばかりに彼の腹が鳴った。 空腹すぎたせいで出された飯をすべて平らげてしまいオレは後悔した。味は、まあ、美味かったんだけど。 なんか盛られてるのかって食う前は思ってたのに。いざ美味そうな飯を前にしてここずっとまともに食っていないせいであいつへの疑心よりも食欲が勝った。 で。風呂場に連れてこられてあいつも入ろうとしたから家主だろうがなんだろうが知らねぇけど追い出した。 獣と風呂入る趣味はないしな。何故かサイズピッタリな用意された服を渋々着て最初に目が覚めた部屋に戻ろうとした。 「……どこだっけ」 この家には部屋がやたらと多くある。見た目が洋館って感じだから、見た目通りみたいな。 リビングから風呂場には来たけど、寝室はここからどうやって戻るんだ? 適当に部屋を開けるのもなんだか憚れる。 ガチャリと脱衣所のドアが開く音が聞こえ啓影が顔を覗かす。 「よかった。サイズ、ソリテに合ってたな」 「……馴れ馴れしく呼ぶな」 「んは。今更やね」 それはそうだけど。そう思ったことはあえて言わない。 啓影がオレに近付き手を取る。振り払おうとした時、なんだか末恐ろしい気配を感じ仕方なく握られるしかなかった。 子供のように手を引かれ長い廊下を歩く。 「……なあ」 「んー?」 「……明日には帰る」 「……。どこに?」 どこにって。何故かひどく言いずらくて俯く。 仕事も失くし帰れるような実家もない。 「家、に」 「ないで」 「……は?」 「ソリテのマンションは引き払ったで?」 さらりと言いのける啓影に握られていた手を振り払い掴みかかる。 静かに怒りがこみ上げる。決していい住処でもなかった。隣人はうるさいし住人はマナーを守らないし。 それでも、施設から出たオレに遺された唯一の居場所だった。 「なに勝手に……!」 「勝手もなにもソリテは俺のやろ」 「ふざけ……っ」 ひゅ、と息を飲む。見下ろした啓影の瞳が深い闇のように昏かった。 全てを飲み込まんとするばかりの闇に掴みかかる手が思わず緩まる。 「ふざけてんのはどっちや? なぁ? お前は俺に買われたことを理解せなあかんなぁ?」 買われた。ああ。オレを、買ったのはこいつか。 新事実を得ても大した驚きはしなかった。多分薄々気付いていた。それでもどこかで嘘だと思っていた。思いたかった。 身体を壁に力強く打ち付けられる。一瞬息の仕方を忘れるほど鈍い痛みに眉根を顰めた。 ぐるりと身体の向きを変えられ両手首をひとまとめにされ“得体のしれないもの”に両手首が拘束されるのを感じた。 「最初は酷くしてもうたから次は優しくしようって思ったんに」 「な、にを」

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