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第8話
――ああ、これは夢や。
哀斗は“見慣れた”景色を見つめ思う。家族仲良く手を繋ぐ人、恋人と仲睦まじく腕を組む人、友人とはしゃぐ人。
その人達に手を伸ばせばみな顔を引きつらせ石を、投げ付ける。
『バケモノ!』
『来るな!』
顔や身体に当たる石の痛みに顔を歪ませ哀斗は逃げる。身体だけじゃない。心も、酷く傷んだ。
それでも人の輪に加わりたい気持ちがなくなることはなかった。声のする方に行けば見せられる光景に羨む気持ちは膨れ上がる。
バケモノである自分に親や家族はいない。いや、いるのかもしれなかった。どうなんだろうか。
自分という意思を得た時すでにそれらの存在は知らなかった。ただ胸中にあるのは人に愛されたい愛したいというものだけだった。
でも、ひとたび蓋を開ければ自分は人の血を飲み寿命は人の道を逸れたおぞましいものだった。
10年を超えた辺りから哀斗は人の輪に加わろうとするのを諦めた。廃城にこもりただ目をつむり腹が減れば人の血を飲んで。
――でも、その長い夢から俺は目が醒めたんや。
ソリテ。お前に会って俺はまた、愛を求めた。どれだけお前に拒絶されてももう諦めたないんよ。
あの日、ソリテに助けられて、お前を運命の人やと認識してから。長いながい悪夢からようやく目を醒ましたんやで?
お前を誰にも渡したない。例え神であっても俺は明け渡さん。もし、お前が死んだら俺は俺が死ぬ方法を探す。
ああ、でも……そうやなぁ。もし、一緒に死ねるんやったらまずソリテを殺してからやな。寿命とかそんなん知らん。どうせ死ぬんやったらこの手でお前の命を刈り取る。そのあとすぐそばに行くから。死神であろうと誰であろうとお前の魂に触れることは許さん。
そんでその後にお前を抱き締めながら来世もまた一緒にと願いながら陽に焼かれたいわ。
奇妙な同居生活は案外長続きしていた。意外と哀斗との生活は悪くなかった。
あの会社で働いていた時は3食まともに食べれるか不安な日々ではあった。しかし、今は3食食べれるし夜だってしっかり寝れる。
……まあ、夜に求められていることを除けば案外快適な生活ではあったのだ。
哀斗が寝ている時は家の掃除をする余裕もあった。
料理は基本哀斗が担当しておりソリテがやれることといえば掃除、洗濯ぐらいである。
暇ができれば意味もなくテレビを眺め哀斗の所持品の本を軽く読む。
「……。暇だな」
とはいえ流石にこのルーティンでは飽きが来る。屋敷の中を探索しようかとも思ったがなにが出てくるか分からない恐怖もあり未だ寝室、浴室、リビング以外に足を向けることはなかった。
ここから逃げようとも思うことはあったものの行きの時点で人里から離れた場所にあり街に行くまでに倒れて連れ戻されそうだと思えばその意欲すらそがれる。
だが、それも昔の話だ。ここにいれば今は同居人となった啓影哀斗のことが知りたいし屋敷の中も気になる。
ただの探求心であり啓影のことが知りたいというのに深い意味はない。
探索しよう。そう決めればソリテはテレビを消しリビングを出てまず左の方へ進んだ。
こっちは普段自分が寝ている部屋の他にも何部屋かある。恐らくその中に啓影の部屋もあるのかもしれない。
まあ、興味はないけどな。とソリテは心の中で呟く。
それに部屋を見つけたが最後連れ込まれでもしたらたまったもんじゃない。
左側の廊下を進み1つ目の部屋は飛ばす。そこは一応自室として与えられた場所だからだ。
隣の部屋を覗こうとドアノブに手を掛け開けようとした時「なにしとるん?」背後から啓影の声がしてソリテは出そうになった悲鳴を必死に押し殺し後ろを見た。
「べ、つに」
「ふぅん? そこ、なんもないで? ソリテのお部屋はこっちやろ?」
啓影が指差す方を見ながらソリテは知ってる、と小さく返した。
「……もしかして、屋敷探検しとるん?」
「してない」
図星だったが反射的に否定するも啓影は楽しそうに笑みを浮かべソリテの手を取った。
手を離せとばかりに引こうとしても思いの外力強く簡単に振り解けない。
「へぇ? 俺の事知りたいん?」
「お前に興味はない」
「フリやろ?」
虚勢を張らんでもええ分かっとるとばかりに笑う啓影の脛を軽く蹴り上げれば「照れ隠ししとって可愛ええ」なんて言われる始末。
可愛いだとか最早言われてもなにも感じなかった。最初はなに言ってんだこいつと思ったが今は特段なんの感情もない。
そもそも男にそんなこと言ったところで照れるとでも思ったのだろうか。
なんてつらつらと思いながら再度ドアを開けようとすれば啓影が止めた。
「ただの空き部屋やで。そこ」
ダメだと言われると開けたくなるのが人間というもの。啓影の言葉なんて無視してドアノブを回せば施錠されておらず簡単に開いた。
そして彼の言う通りそこはもぬけの殻だった。ベッドやタンス等家具のあるソリテの部屋と違いなにも置かれていない。
「やから言うたやん」
「その割には綺麗だな」
「まあ、一応は綺麗にしときたいやん?」
そんなもんか? と首を傾げるソリテにそんなもんやと言うように啓影は頷いた。
次はとその隣の部屋に向かいドアを開く。
「そこは物置やでー」
「……なんでここは汚いんだよ」
物置と言われ確かに様々なものが入っているのだろうダンボールなどが山積みにされていた。古めかしいものから真新しいものまで。
中には綺麗にしているものもあるのだろう。そこに近付こうとした時啓影が慌てて止めに入った。
「ここはダメ」
なんでと問うように見つめても頑なに首を振る啓影に少し残念そうにソリテは離れた。
ほっと密かに胸を撫で下ろし背に隠したダンボールを見やる。大人の玩具を詰めた中身を今見られる訳にはいかない。
見たところで今更ソリテが呆れるわけではないのはなんとなく分かるが。
「使う時のお楽しみにしたいやんなぁ……」
初めて見るであろう大人の玩具にどんな反応をするのか想像するだけで勃ちそうになり頭 を振る。
昂りかけた気持ちを沈めようと深呼吸をし物置部屋を出るソリテのあとを追った。
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