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第13話
啓影の屋敷はどこも陽が入らないよう設計されている。それはソリテの部屋として宛がわれた場所も例外ではない。
そのため昼間でも薄暗くどこか不気味さを醸し出していた。
換気のため窓を開ければ外の空気は感じれるもののやはりここに来てから1か月ほど外に出ていないという事実はソリテに少しだけ寂しさを感じさせていた。啓影が陽の光を欲していなくとも自分は陽の光が恋しいと感じる。
昼食後、ソリテは啓影に言おうと決めていた。外に出たいと。
片付けも済み食後のコーヒーを飲んでいる啓影にソリテは意を決して言った。
「啓影、外に出たい」
「……」
かちゃりとカップがソーサーに置く音がやけに響いた気がした。なにも言わずじっとこちらを見る目が冷えていくのを感じる。
背筋が凍る思いだ。ソリテは知らずのうちに息を飲んだ。
啓影は、どうしてかオレを外に出したがらない。理由は逃げると思っているからなのだろうか。それだけ、まだ信用してもらえていないのかもしれない。
「た、だ庭に出るだけだ。それだけで、いい」
太腿の上で知らず握りこぶしを作る。心臓が早鐘を打つ。
視線を交らせているのが怖くてソリテは啓影から視線をそらし下を向いた。どんな言葉が返ってくるのか分からない。
もしかしたらダメだと言われるかもしれない。最悪はそう思った罰を与えられる可能性もある。
どれだけの時間が経ったのだろう。1分かあるいはそれ以上か。
啓影は再度コーヒーを飲み言った。「ええよ、出ても」と。
一瞬許可を出されたと理解できずソリテは下を向いたままだった。
でも、徐々に言われた言葉を理解すれば顔を上げ「い、いいのか?」なんて食い気味に尋ね返した。
そんなソリテに啓影は小さく笑みを浮かべ再度カップを置いてくぎを刺すように言う。
「庭だけならええよ、別に」
そこだけなら別に構わない。ソリテが自身の手に届く所にいるのであれば問題はなかった。
もし、逃げるつもりであるなら徹底的に自分の想いを知らせるだけだ。彼も同じ気持ちであろうとその気持ちの熱量は自分の方が大きいとある種確信している。
逃げたならば地下に閉じ込め手足に枷を付け外に思いをはせる度に調教してやればいい。彼が必要であるべきなのは啓影哀斗ただ一人なんだとその身で実感してほしい。
……まあ、今もできるならしたいねんけどな。調教。まだ、早いからせんけど。
庭に出れると知ったソリテが子供のように笑っているのを見て啓影は思う。初めて見る表情に少しだけ嫉妬しながら。
約1ヵ月ぶりに出た外は秋の気配を匂わしていた。ここに来たときは8月終り頃だっただろうか。
もう9月に入ったんだなと思いながらもまだ汗ばむため残暑は今年も厳しそうだ。
広い庭にはなんの植物も植えられておらずただ広い敷地があるだけだった。なにかを育てれば映えそうな気がするんだけどなとソリテは思った。
しばらく歩いていれば奥の方に森が見えた。あそこも庭なんだろうかと少しばかり疑問に思いながらソリテは足を進めようとした。
「ソリテ、どこ行くん」
啓影の声が聞こえソリテは足を止め彼の方を見た。なるべく日陰の場所を選び日の当たらない場所にいながらも啓影の顔色は青ざめていた。よほど陽の光が苦手なのだろう。
それに心配の気持ちもあるが先程入ろうとした場所に視線を向けた。
「どこって庭に」
「そこは、外やで」
いつの間にか近くに来ていた啓影がソリテの手首を掴んだ。相も変わらず人離れした力強さについ顔を顰める。
痛みで手を放してくれと振りほどこうとしたとき啓影の身体がそれより先にふらついた。
「啓影!」
近くにいたことが幸いしソリテの身体に力なく寄りかかる啓影を支えながらソリテは心配そうに彼の顔を覗き込む。
さっきまで顔色が悪いなと思うぐらいだったのに、今は青白いを通り越して真っ白になっている。
「……大丈夫。ただの、貧血や」
「どこからどう見ても大丈夫じゃねぇだろ。……部屋、戻ろう」
ちょっとごめん、と心の中で彼に謝罪をしてソリテは啓影を横抱きにし足早にリビングへ向かう。
「ふ、は。力持ちやねぇ、ソリテ」
「配送業者だったの忘れたのかよ」
予期せぬことにそう軽口を叩けばそう返ってきた。
忘れるわけもない。ソリテの事はなんでも知っている。お前が言った言葉は全て覚えとるよ。
とん、と頭を胸に預ければ規則正しい鼓動が聞こえる。ああ。この音がいつか止まる日が来るのか。止まってもう、2度と自分の手に届かない日が来る。
どれだけ覚えていてもいつか忘れてしまう日があるのだろうか。君が好きだった、誰かは分からないけれどなんて思う日が、来てしまうのだろうか。
「……啓影?」
いつの間にリビングに着いたのだろうか。上から振るソリテの優しい声に笑みを浮かべる。
もう少し今だけ、甘えていたい。
「どっか、行くんかと思った」
寂しげな啓影の声にソリテは馬鹿だなぁ、と笑いながら言う。
「行かねぇよ、お前を置いてどこにも」
ソファに腰かけ彼を寝かせようとすればそれを止める啓影。
水を取りに行こうとしていだけ、と言ってもいらないと首を振った。普段と違う姿に不安になる。
仕方なくソリテはソファに腰かけ啓影に膝枕をする。そっと頭に触れば捕まえるように啓影の手が触れる。
「ふふ、ソリテの手冷たくて気持ちええわ」
「お前の手の方が冷たいだろ」
「んー……? そう?」
もぞもぞと身じろぎ啓影はソリテの腹に顔を埋めた。啓影が呼吸をするたびにくすぐったく感じながらもそのままにし頭を優しく撫でた。
「……な、ソリテ」
「なんだよ」
「絶対、どこにも行かんでね」
まるではぐれるのを恐れる幼子のように不安に揺れ動く声にソリテは目をぱちくり瞬かせた後、こめかみに口付けを落とした。
「ずっと啓影のそばにいる」
「……嬉しいなぁ」
ソリテの言葉に笑う。幸せだという様に。胸に幸福感が溢れる。
好き。好きだ。やっぱり、ソリテが。やから、どんなことがあっても手放してなどなるものか。忘れたくも、ない。
彼という存在を永遠と、いつか死ぬその時まで憶えていたい。
「……啓影?」
やがて規則的な寝息が聞こえソリテは彼の名を呼んだ。返ってくるのは寝息だけ。
マジかよと少し絶望的になりながらも啓影を起こそうとは思わなかった。そうしてソリテもいつしか眠りについた。
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