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第26話
ソリテに嘘をついた罪悪感を感じると同時に彼がいつかは遠い所へ行くんだと改めて思い知らされ部屋に戻った啓影は深く落ち込んだ。
バケモノである自分なんかとは違っていつかは老いて死ぬ。ヒトであるソリテがたどる道は一つしかない。
――ああ、嫌だな。
この先彼なしの人生 など想像できない。したら苦しくて息ができない。
今でさえ手放したくないと思うのに。死神にすら渡したくないのに。
でもいくらもがこうと神に祈ろうとその瞬間は訪れてしまう。ソリテを人の道から外す方法なんてない。あれば、いいのに。
そうしたすべての感情が溢れ涙となる。声は漏らしまいと懸命に押し殺した。
優しいあの子は泣いてると知れば飛んでくるだろう。それだけは、避けなくてならない。
久方ぶりに溢れた涙は止まる事なんて知らない。
泣き続けながら啓影はこの苦しさを紛らわす方法がないか鈍い思考を巡らす。乱暴に涙を拭い机に向かう。
荷ほどきようにと置いてあるカッターナイフに手を伸ばし刃を出せば手首に押し当て傷付ける。
溢れる血を見ているとなんだか心が鎮まるような気がした。
「……はは、ほんま俺終わっとるわ」
これをソリテが見たらどう思うんだろう。あれこれ考え結局分からなくて自嘲的に笑った。
「……啓影、昨日ちゃんと寝たか?」
「え、なんで?」
「いつもより顔色悪いから」
昨晩あれこれ考えていたせいで気付けば朝になり朝食でも作ろうとした時にソリテが起きてきてそれなら一緒に朝食を作ろうと2人でキッチンに立った時不意に彼がそう言った。
ぺたりと頬に触れてみたもののそんなもので顔色の良し悪しが分かるわけでもない。
1度首を横に傾げながら「そんなに?」と問い掛けた。
「ああ。いつもは白いけど、今日は病人みたいに青白い」
「……ふぅん。ソリテよう俺のこと見てんやねぇ?」
嬉しさを隠すように揶揄えば照れ隠しの蹴りが脛に来た。
ちらりと隣を見れば耳まで赤いのなんて丸見えだった。サラダ用にちぎっていたレタスの形が不揃いになってきているのはそれだけ動揺していたのだろうか。
——ほんまに可愛いなぁ、ソリテは。
ニマニマ笑えばもう一度蹴りが入る。
「顔がうるせぇ」
「こういう顔やし」
「嘘つけ」
こんな軽口を叩くのもまた楽しい。幸せな時間だ。
だからこそ、隠さねばならない。手首につけた傷は。
「なぁ、ソリテ」
「んだよ」
「後で飲んでい?」
「………好きにしろ」
血を求めれば小さな声でそう返ってきた。
軽く蹴ってちぎり終えたレタスを皿に盛り付けているソリテを後ろから抱き締める。
「な……っ、おい……!」
「やっぱ、今欲しいなぁ?」
首筋に舌を這わせ甘噛みすれば肩が小さく跳ねた。赤くなった顔を隠すように俯いたソリテの耳元で囁く。
ダメ? と追い打ちをかけるように少し噛み付けば潤んだ瞳が、啓影を射抜く。
音にならない声が告げる。好きにしていいと。
……ああ、もう、我慢できない。
白い肌に強く噛み付き牙を突き立て溢れる血を飲んでいく。
「ん……ぅ……ッ」
ごくり、と喉を鳴らしゆっくりと味わい飲んでいく。
ソリテが自身の手を握りしめている手に啓影は手を重ね、優しく解し手を握る。
「ぁ……っ、な、ぁ、飲み過ぎだ……!」
艶めいた声が必死に啓影を引き離そうとしているけれど、それは啓影の理性を焼き切るには十分なものだった。
牙を抜いて滴り落ちる血までも飲み干そうと舌を這わせ吸い付く。
彼の身体の向きを啓影の方に向かせソリテを床に押し倒した。
「……啓影?」
欲に濡れた啓影の顔にソリテはどう逃げようか思考を巡らそうとした。
それよりも先に彼の手が伸びる。
「我慢ならんわ」
いつもより低いその、自分に欲情しきった男の声にソリテは逃げないとなんていう思考すら消え失せ期待の色を瞳の奥に滲ませた。
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