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第29話

庭先に植えた木に水をやりながら周りを見渡す。いつの間にか花壇が出来上がっていたりなにかが植えてある鉢が増えていたりする。 いつの間に啓影は用意したのだろうかなんて思いながら土に触れ乾いているのを確認して同じく水をやった。 なにが植えてあるのかは芽が出たぐらいに……いや、素人である自分からすれば芽が出ただけでどの植物か当てるのは無理だ。 花が咲くものであるならその花を見ながら木陰でこちらを見る啓影に聞いてみようか。 「……いつ芽吹くんだお前は」 鉢植えに植わった種になんとなしに言葉を投げかけ答えなど当然あるわけもないのは分かりきっている。 大きな独り言を恥ずかしげもなく言ってしまったことに今更ながらに少しだけ恥ずかしくなったり。 ぶるりと身震いしソリテは慌てて室内へ戻った。季節は秋から冬へ移ろいでいる。 もう半袖だといい加減寒い。秋物はこの屋敷にあるのだろうか。……あいつのことだから、オレの荷物はどこかに置いてあるんだろうな。 「起きたら聞いてみるか」 屋敷内に戻り図書館と呼称している大きな書斎へ向かう。 大抵どの本も埃をかぶっていないのに、一冊だけ変に奥に入れ込まれ埃の被っていた本があった。 タイトルを読むに恐らく童話らしいのだが、なんでそれだけ忘れ去ってしまったのだろうか。 童話なんて子供が読むものだからだろうか? それとも、単に忘れていただけ? なんて本人でないことをあれこれ考えても分かるものではない。聞いてもはぐらかされそうではある。 図書館へ着けばドアを開け奥の本棚へ向かい一番上の本棚の奥にしまわれている本を取り出した。 やたらと分厚いそれは辞書と言われてもおかしくない。 「えーと……なんだ。童話じゃないのか」 ドイツ語の辞書と共に改めてタイトルを読んで少し落胆する。ドイツには結構有名な童話が数多くあるし、現地の言葉で読めるかもしれないと密かに期待していたのに。 幼い頃から童話など昔話に触れたことなんてなかった。人が知っている有名な話はオレは知らない。 親から読み聞かされた記憶なんてないし、それこそ子守歌なんてものも記憶のふたを開けても思い出せない。 「……と、今はそんなことどうでもいいんだ。しゅ……ぞく、種族一覧……?」 なんでまたあいつはこんな本を。首を傾げながらページをめくる。 中は意外と汚れていなく少しだけページが劣化している程度。読む分には問題はなさそうだ。 軽くパラパラめくり適当に読み流していると古ぼけたしおりとメモ用紙が挟んであり該当する箇所に丸が付けられているのをソリテは見つけメモ用紙を手に持ち文字を読もうと辞書と交互に見やる。 「……ダンピール、でいいのか? えっと……、血を吸うこ……とは、ないから、違う?」 解読した文字を口に出しながら首を傾げ思考を巡らす。多分、啓影は自分と同じ種族がいないか探していたのではないだろうか? だから、この図鑑を読んで探し思い当たるものにはメモ用紙を添え考えを書きながら一応目印にしおりを挟んでいたのではないだろうか。 メモ用紙としおりを元に戻しながらまたページをめくる。 「サキュバス……ま、たは、インキュバス。血は、飲まないから違う。でも、似ている?」 似ている。その言葉にそういえば、以前に言っていた言葉を思い出し恥ずかしくなりそのページをソリテは閉じた。 その後もページをめくっていくが後はそのメモ用紙もしおりも見つからず本を閉じた。 何百年も誰も家族もいなくて独りで生きていく感覚ってどんな感じなのだろう。 人の姿をしているのに、人じゃなく普通の人の中に紛れることも出来ずにいて。 「……すげぇ寂しいんだろうな、それは」 出会った頃から平然としているけれど、その実寂しさでいっぱいだったんじゃないだろうか。 本の表紙を撫で窓の外へ視線を移す。今も、寂しいって感じていたら。 もう、寂しくないって言えばほんのちょっとでもあいつの寂しさは埋まるのだろうか。 「ソリテー、紅茶淹れたけど飲むー?」 「うわぁ!?」 恥ずかしいことを考えてたりしていたせいか啓影が来たことに気付かず不意に聞こえた声にソリテは驚いて椅子から立ち上がる。 そんなソリテに不思議そうに首を傾げた後啓影は彼がなんの本を読んでいたのか机に視線をやり驚く。 「それ……どこで見つけたん?」 「え? あ、ああ。本棚の奥にあったから、引っ張り出した。童話だと勘違いして」 「……読んだん?」 「……読んじゃマズいやつだったか?」 マズいのかどうかの言葉に啓影はどう答えるべきか悩んでしまう。 忘れてしまっていたことだとはいえ内容自体は図鑑と大差ない。ただ、問題はそこに付け加えたであろうもの。 それを彼が見てどう思うかが些か不安であった。 「んー……別に、大丈夫やねんけど。でも、見たやろ。付け加えたやつ」 「まあ……うん、見ちまったけど」 「どう、思った?」 問うとソリテは考えるように緩く首を傾げた後、啓影の顔を見て口を開いた。 「寂しかったんだろうなって」 「寂しかった?」 「ああ、だって、仲間も家族も誰一人いなくて。それで、独りぼっちで、寂しかったんだろうなって思った」 彼の言葉に驚いたように目を見開いた後、すとんとその言葉が胸にはまった。 いつ生まれたのか分からず、人からは恐れられ嫌われて。周りに家族も友人もいなくて。 同じ人がいないか探して、でも、見つからなくて。その記憶すら思い出したくないからその本は奥底にしまっていた。 でも、ソリテに見つけてもらえてよかった。 「啓影、泣いてんのか?」 「ソリテの言葉に感動してもうて」 「……なんだそれ」 照れくさそうに笑うソリテは手を伸ばし啓影が零す涙を優しく拭った。

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