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抗議 2
すると、亜玲は少し考え込むような素振りを見せた。けど、しばらくして「あぁ」と声を上げた。
「祈の元恋人くんだね。……一瞬、誰かわからなかったよ」
表情を崩さずに、亜玲がそう言い切る。瞬間、頭に血が上りそうになった。でも、それをこらえる。ここで冷静さを欠いてしまえば、亜玲のペースに巻き込まれる。ぐっと手のひらを握って、爪を立てて小さな痛みで冷静さを保つ。
「……寿々也は、本当にいいやつだったんだ」
寿々也は目立つような容姿じゃないけれど、すごく優しくて、気遣いが出来る男だった。だから、俺は寿々也と恋人関係になった。……なのに。
「俺は、寿々也との未来だって、思い描いていた。……亜玲が、全部壊したんだ」
地を這うような低い声で、はっきりとそう告げる。亜玲は、ニコニコとした笑みを崩してきょとんとしていた。その表情に、反省の色は見えない。
「寿々也だけじゃない。今まで付き合った奴は全員亜玲を好きになったよ。……みんな、いいやつだったのに」
それだけを言って、下唇を噛む。そんな俺の姿を見て、亜玲は「ははっ」と声を上げて笑っていた。……なにが、おかしいんだ。
「いいやつ? 祈は本当に頭の中お花畑だよね。……いいやつは、ほかの人間に靡いたりしない」
「……それは」
「俺がちょっと優しくしただけで、俺に恋心を抱くようなやつらは、いいやつじゃない」
……亜玲の言葉は、正しい。俺が目を逸らし続けていた現実を、突きつけられたような感覚だった。それでも。
「……亜玲さえ、いなかったら!」
「――俺さえいなかったら、なにかが変わったの?」
冷静な声を聞いて、俺はハッとして亜玲の顔を見つめる。……亜玲は、笑っていた。その目には仄暗い色が宿っているように見えた。
「言っておくけれど、あれくらいで俺に靡くようなやつ、何処かで浮気したと思うよ? 俺が手を出すまでもなく、祈は振られてた」
まるで、俺のことをバカにするような言動だった。……いや、違う。亜玲は、俺のことをバカにしているんだ。
簡単に人を好きになるバカな男だって、嘲笑っているんだ。
「そんなやつを奪って、なにが悪いの? むしろ、祈は俺に感謝してよ。……バカな人間どもから、救っているんだからさ」
……話にならなかった。先輩はきちんと話すべきだと言っていた。……だけど、こんな男と話せるわけがないんだ。
(感謝? 冗談じゃない! 俺のことを見下して、嘲笑っているくせに……!)
少し卑屈な考えかもしれない。わかっている。わかっているけれど……その考えが、消えない。
「……もう、いい」
自分でも驚くほどに低い声が出た。ただただ亜玲を見つめて、睨みつけて。一旦深呼吸。
「もう、お前と話すことはない。亜玲」
「うん」
「もう、俺に近づいてくるな。あと、今後出来た俺の恋人にもちょっかいを出すな」
それだけを言って、俺は玄関のほうに視線を向ける。……ああ、時間の無駄だった。
「……うーん、どうしようかなぁ」
亜玲が、そう言葉を零したのがわかった。……この期に及んで、まだ迷うのか。
「――亜玲!」
そう思ったら、身体が動いていた。亜玲の胸倉をつかんで、ぐっと顔を近づける。
……恐ろしく顔の整った男が、俺を見つめている。まるで黒曜石のような目は、俺だけを映している。
「……もう、嫌なんだよ」
ぽつりとそんな言葉が零れた。もう、嫌なんだ。亜玲に振り回されて、満足に恋も出来ない生活が。
「お前の所為だ。お前の、お前の所為だ!」
俺が幸せになれないのは、亜玲の所為。そうだ。それが正解で、間違いじゃない。亜玲さえ、亜玲さえいなかったら――。
「……ははっ」
そう思う俺の耳に届いたのは、場に似つかない笑い声だった。……驚いて亜玲の目を見る。やつは、ただ笑っていた。
「いいね。最高。……祈の目が、俺だけを見てるんだ」
亜玲が、俺に手を伸ばしてきて――頬に、触れた。
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