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抗議 3
冷たい指先だった。その指に触れられていると、ゾクゾクとしたものが背中を駆けあがる。
……頭が警告を鳴らした。このまま、ここにいてはいけないと。
「ふざけるな! 俺は、お前のことが嫌いなんだよ……!」
亜玲の手を振り払って、俺は玄関のほうに身体を向ける。……時間の無駄だった。コイツと話そうとした俺が、バカだった。
(亜玲は、悪魔だ)
昔の天使のような亜玲は、もう居ないんだ。今の亜玲は悪魔で、俺の不幸を願っているんだ。
ぎゅっと唇を噛んで、俺は一歩を踏み出そうとした。……踏み出せなかったけれど。
それは亜玲が、俺の手首を掴んだからだ。
「なに逃げようとしてるの?」
そう言った亜玲が、俺の身体を自身のほうに引き寄せる。気が付いたら、俺は亜玲の腕の中にいた。
驚いて目を見開けば、亜玲がぎゅうっと俺の身体を抱きしめてくる。……冗談じゃ、ない。
「離せ! お前に、こんなことされる筋合いは……!」
亜玲の腕の中から抜け出そうと、暴れる。けれど、そんな俺の抵抗を簡単にねじ伏せて、亜玲は素早く俺の身体を床に押し倒した。
……亜玲が、俺の上に跨ってくる。頭の中がさらに強い警告を鳴らす。このままだと、ダメだと。
黒曜石のような美しい目が、俺を見つめている。……その目の奥に、宿った感情は一体なんなのだろうか。
(って、こんなこと思っている場合じゃない。さっさと、逃げよう)
だから、俺は暴れる。……でも、亜玲に簡単にねじ伏せられてしまう。俺の抵抗は、亜玲には小さなダメージも与えられなかった。
亜玲が、俺の肩を掴んで床に押し付ける。……その力は遠慮がなくて、痛みを発するほどだった。
「あのさぁ、祈」
「な、んだよ……」
俺を見下ろす亜玲の目が、怖い。その所為だろう。俺の声は震えていた。……怖い。本能が、そう告げる。
そんな俺の気持ちなど知りもしない亜玲は、俺の頬に指先を押し付ける。……先ほどと同じように、冷たい指先だった。
「なに、か言えよ……!」
沈黙が場を支配することに耐えられず、俺は震える声でそう告げた。互いの呼吸の音だけが聞こえる空間。……辛い。いたたまれない。
にっこりと笑う亜玲が、俺を見下ろす。そして、奴の指が俺の頬から顎に移動して、すくい上げる。
「……祈、可愛い」
「――っつ!」
亜玲は、そう囁いた瞬間俺の唇に口づけてきた。ちゅっと音を立てて口づけられて、俺の目が見開くのがわかる。
……こいつ、今、なにした!?
「な、なっ!」
ゆっくりと離れていく亜玲の顔を、ただまじまじと見つめてしまう。……なんで、こんなことされなきゃならないんだよ!
「なに、するんだよ……」
なのに、抗議の声は小さくて震えていた。思いきり強く言いたかったのに、言えない。気が動転して、脳内が行われたことを理解したくないと訴えてくる。
そりゃそうだ。だって今、俺は、亜玲と口づけて……。
「可愛い反応だね。……キスだけで、こんなに可愛いなんて」
亜玲は俺の話なんて聞いていないようだった。ただそう呟いて、俺の頬を指先で撫でる。
冷たい指先が火照った頬を撫でる。……心地いい。なんて、思っちゃいけないのに。
ドクンドクンと、心臓が嫌な音を立てている。……と、とりあえず、なんとかして亜玲の下から抜け出さないと……。
「ふ、ふざけるな……」
なにか言わなくちゃ。そう思う俺の口から出てきたのは、覇気のない言葉だった。
「遊びで、口づけなんてするな。……こんなの」
「こんなの、なに? 気持ちが通じ合っていないって、言いたいの?」
亜玲は、俺のことをバカにするような声音でそう言ってくる。……なんだこいつ。本当に、悪魔みたいなやつだ。
「祈って、案外バカだよね。……キスなんて、誰だってするでしょ。気持ちが通じ合ってなくても」
にっこりと笑った亜玲が、俺を見下ろす。……俺は、そんな亜玲みたいな考えじゃない。
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