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悲しき坤澤の運命③

 仔空(シア)翠花(ツイファ)になって一年がたとうとしていた。月日が流れるのはあっという間だった。  翠花はそれまで男に抱かれたことなんてなかったし、口付けさえしたことがなかった。普通なら何かを受け入れる所ではない孔を無理矢理こじ開けられ、毎夜違う男の相手をさせられる。時には未亡人や、初老の夫人も翠花を買いにやってくる。  体は悲鳴を上げ、心はズタズタに引き裂かれた。それでも、 「こうやって雨風が凌げて、食べるものがあるだけ幸せなんだ。奴隷より、マシだろう」  今日も、花屋から逃げ出したくなる自分に言い聞かせる。 「おやおや旦那様、よくお越しくださいました」 「主人、今日こそ翠花は空いてるだろうな?」 「はい、勿論でございます」  玄関の方から、聞き慣れた男の声と店主の声が聞こえてきた。 「翠花。旦那様がいらっしゃったぞ」 「あ、はい。今参ります」  翠花は乱れた着物を整え化粧を直す。  体は鉛のように重たくて、後孔がヒリヒリと痛む。無理もない、つい先程まで違う男に抱かれていたのだから。翠花がふと鏡を見上げれば、自分の目がまるで翡翠のように翠色の光を放っている。 「こんな目さえなければ……」  目に浮かんだ涙を着物の袖で拭って、客人が待つ部屋へと向かった。 「おお、来た来た翠花。会いたかったぞ」 「お久しぶりでございます。(リー)様」  李と呼ばれた中年の男が、翠花の頬に触れ満足そうに微笑む。李はこの辺りでは有名な富豪で、翠花目当てに店に通う常連だ。どんなに体が辛くても断るわけにはいかない。 「翠花は本当に人気だから、最近では顔を見ることさえできないではないか」  そう言いながら翠花の体を撫で回す。下心丸出しの触り方に、一瞬だけ翠花が顔を歪めた。何人もの男達に抱かれても、この嫌悪感に慣れることなんてない。 「この美しい黒々とした髪に、絹のような肌。子供みたいに円らな瞳に、翡翠のように美しい瞳……会いたかったぞ、翠花。ところで……」  李は突然声を潜め、慣れた手付きで寝床の準備をしている店主に声をかけた。 「今日、翠花は雨露期(ヒート期)ではないのか?」 「はい、残念ながら。それに翠花が雨露期でしたら、とんでもない金額になります故に」 「金なんて関係ない! 俺は翠花にだったらいくらでも金を出すぞ。それに……」  李の顔が、ダランとだらしなく垂れ下がる。 「発情して乱れに乱れた翠花を抱いてみたい。何より、俺の子を孕ませたい」  その言葉に強い嫌悪感を抱いた翠花は、無意識に腕を突っ張り体を離そうとした。しかしそんな事は許されるはずなどなく、翠花は再び李の腕の中に引きずり込まれてしまう。 「それに、あの噂が本当なのか確かめてみたい」 「え……?」  李の腕の中の翠花が顔を強張らせる。 「鬼神(きじん)の瞳を受け継いだ者が持つと言われる能力をな。ガハハハハ! まぁ、良い良い。久し振りに翠花に会えたのだ。思う存分可愛がらせてもらうぞ」  李は余程上機嫌のようだ。大声で笑った後、翠花は引きずられるように寝床へと連れて行かれた。 「ぅあッ……痛ッ……」  体を起こした瞬間感じた強い痛みに、翠花は声にならない悲鳴を上げる。昨夜は興奮しきった李に散々弄ばれ、気付いた時には外がうっすらと明るくなっていた。  李は羽振りのいい客なのだが、如何せん行為がしつこい。翠花が泣いて許しを乞うても、まるで蛇のようにネチネチと犯してくる。それはまるで生殺しのようで、絶頂を迎えることも許されない愛撫に、ただ唇を噛み締めて耐えるしかない。李が残して行った紅い印が体中に刻まれ、力が入らず体が震える。 「もう嫌だ……こんなの……」  翠花は布団に突っ伏し声を殺して泣いた。もう、何度こうして泣いただろうか。それでも、ここで我慢する以外に翠花に生きる方法など残されていない。  これが悲しき坤澤の運命。自分の運命を、翠花は呪いながらも受け入れるしかないのだ。  隣の部屋から聞こえてくる少年たちの喘ぎ声に耳を塞ぎ、静かに涙を流し続けた。    

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