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悲しき坤澤の運命④

 寒かった冬が終わりを迎え、桜の蕾が少しずつ膨らんでくる。春風を含んだ暖かい風に目を細めながら、そんな景色を自室の大きな窓から眺めた。  花屋(かおく)でも特に人気を誇る翠花(ツイファ)に与えられた部屋は、かなり広くて豪華なものだ。きらびやかな家具に高価な鏡台。客達が持ってくる贈り物で溢れていた。  着物も絹で織られた色鮮やかな物だし、長い髪を結わえる櫛も精巧な細工が施してある。それらは美しい翠花を更に引き立ててくれる物ではあったれけど、心まで満たしてくれることはない。  翠花の心の中には常に空っ風が吹き抜けて、暖かな春の陽気でさえ彼の心の氷までは溶かしてはくれなかった。  きっともうすぐ、欲に塗れた男や女達がやって来ることだろう。  フワリ。  桜の仄かな香りに混じり、翠花は自分の体から甘い香りが漂ってくるのを感じる。 「信香(フェロモン)……もうすぐ雨露期(ヒート期)か……」  翠花は大きな溜息をつく。 「避妊薬を飲まないと……」  坤澤(オメガ)は男性でも子宮を持っており、雨露期に性交をすれば妊娠する可能性がある。そんな時くらい休暇を貰いたいところだ。しかし雨露期を迎えた坤澤は需要が多く、その時期だけ料金が跳ね上がる。まるで発情した猫のように興奮し、後孔から愛液をタラタラと垂れ流しながら「抱かれたい」と乱れるその姿に、男達は歓喜する。だからこそ雨露期の売り子達は、いわば稼ぎ時の良い商品なのだ。発情を抑える抑制剤を飲むことなど許されるはずがない。  勿論、店で売られている美しい坤澤だからそんな扱いを受けるのであって、一般的な坤澤は乾元(アルファ)の玩具や性処理の道具でしかない。散々弄ばれた挙句に身籠もり、棄てられるのが世の常だ。  坤澤は雨露期の間、乾元を誘惑するための信香という香りを放つようになる。その香りに誘発された乾元に首を噛まれると、坤澤の意思とは無関係に番になってしまう。そのため雨露期の間客に首を噛まれないよう、鉄でできた首輪をつけて客の相手をすることとなる。 その首輪はまるで、「逃がすものか」と店に繋ぎ留められているように感じられた。 「なんでこんなものを……」  翠花は冷たい指先で首輪をつけた。  それでも、どんな坤澤も運命の番に出会えることを願っている。  運命により惹き合わされた乾元と坤澤が出会い、乾元が坤澤の首筋に噛み付いた瞬間、2人は番となり身も心も結ばれるのだ。  そんな突拍子もない話を、翠花は信じていた。  もしかしたら自分の運命の番が、こんな堕落した生活から自分を救い出してくれるのではないか……。そんな仄かな期待を抱いてしまう。 「いつかきっと、運命の番がここから助け出してくれる……」  翠花は呼吸を整えてから、避妊薬を口に含んだ。  

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