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悲しき坤澤の運命⑤

 今、城下町ではある話題で持ち切りだった。 「現皇帝が死去し、長男が皇位継承するらしい」 「新皇帝の誕生だ」  町はすっかりお祭り騒ぎで、春の訪れと同時に人々が色めきだっている。 「新しい皇帝はまだ若くて、それはそれはお美しい容姿らしいですよ。おまけに早くから政治に参加する程賢く、戦では先陣に立って兵士を率いる勇ましさも兼ね備えているとのことです」 「ふーん……」  世話人の少年が、翠花(ツイファ)の髪の手入れをしながら顔をキラキラと輝かせている。どうやら新しい皇帝の話をしているらしいが、全く興味がない翠花は適当に相槌を打ちながら軽く聞き流していた。  皇帝なんてそんな天の上のような人間、翠花はどうでも良かった。彼からしてみたら、今にも自分に襲い掛かってきそうな雨露期の方が気がかりでならない。 「会ってみたいな……新皇帝に……」 「そうですね」  うっとりとしながら話し続ける世話人に、翠花は微笑んで見せたけれど、 (こんな底辺の坤澤(オメガ)である自分が、皇帝に会うことなんて一生ないだろう)  そう思えてならなかった。 ◇◆◇◆  翠花が雨露期(ヒート期)を迎えたことは、あっという間に城下町へと広まった。雨露期の翠花を一目見ようと、下心丸出しの男達が花屋(かおく)に押し寄せたのだ。 「はぁはぁ……あ、あぁ……」  翠花の体は熱く火照り、どんどん呼吸が速くなる。体の奥がジンジンと疼き、熱い昂ぶりを欲し腰を淫らにくねらせた。全身からはむせ返る程甘ったるい信香(フェロモン)が溢れ出し、部屋中にその香りが充満する。  そんな翠花に店主が近付き厭らしく首筋に指を這わせれば、 「あぅ……あ、はぁ、はぁ……」  たったそれだけの刺激にも拘わらず、翠花の体はピクンピクンと反応してしまう。その姿は明らかに雨露期を迎えていた。 「よしよし、いい子だ。今回も、その綺麗な顔で稼いでくれよ」  店主が満足そうな顔で翠花を覗き込む。自分を商品としか思っていない店主に腹が立って仕方ないのに、今の翠花はそんな余裕などない。甘い蜜が溢れ出す後孔はヒクヒクと熱い昂ぶりを求め、紅く充血した胸の突起はピンと痛いくらいに尖っていた。 「もう男が欲しくて仕方ないか? わかったわかった、少し待ってろ」  店主はまるで跳ねるかのように店先へと消えていく。そんな店主の背中を、翠花は弱々しく睨み付けることしかできなかった。 「店主よ、翠花が雨露期に入ったと聞いて駆けつけてきたのだが」 「はい。もう男が欲しくて、後ろの孔をヒクつかせております」 「ほう、それはそれは」  ニヤリとほくそ笑むその男は、この一帯では一番の富豪である(ワン)だった。王はきらびやかな装飾品を身にまとい、家来を引きつれて花屋にやってくる。もう長い間翠花を贔屓にしている常連だ。 「可哀そうな翠花。どれどれ、私が慰めに行ってやろう」 「お待ちください、王様。今日の翠花は雨露期なので、料金が普段の5倍になっております」 「わかっている、金ならいくらでも出す。ほら、好きにしろ」 「さすが王様」  王が店主に渡した金は、豪華な屋敷が一軒建つ程の大金だった。 「翠花の為なら、金など惜しくない」  そんな二人の遣り取りを、翠花は薄れ行く意識の中で聞いていた。 (もう誰でもいい。この熱を冷まして欲しい)  その一心だった。 (誰でもいい、誰でも……)  翠花は藁にもすがる思いだった。体が疼いて、熱くて壊れてしまいそうだ。自然と涙がボロボロと溢れ出し、冷たい床にシミを作る。 「おぉ……翠花、可哀そうに。辛いか?」 「旦那様……」 「会いたかったぞ、翠花」 「助けてください、旦那様。翠花は苦しくて仕方ないです」 「よしよし。今日はたくさん抱いてやるからな」  そう言いながら自分を抱き締めてくる王に、翠花は夢中でしがみつく。好きでもない男に、これから散々抱かれるのだ。 (こんな自分には、運命の番も新皇帝も無縁の話だ)  翠花は絶望の中、襲ってくる快感に身を委ねた。  

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