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【第二章】後宮に嫁いだ坤澤①
「明日、太監 がご挨拶に参ります」
王宮から届いた文に、翠花 は首を傾げた。
「太監……?」
王宮だとか、太監だとか……皇帝だとか妃だとか……翠花には夢物語の中に出てくる、空想の物だと思っていたから。
「きっと、太監がこんな所に来るはずがないよな」
翠花は王宮から届いた文を、自室の箪笥 にそっとしまった。
ふと見上げれば、つい先程までは真っ赤に染まっていた空が、今はたくさんの星が瞬いている。町中の行燈がユラユラと揺れ、道を行き交う人達の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「もう夜か」
翠花はポツリと呟く。
今夜もきっと、数人の男に抱かれることだろう。そう思うと憂鬱でならない。
「翠花、旦那様が見えたぞ」
「はい、ただいま」
「皇帝陛下がお前を妃にするなんて、天地がひっくり返ってもありえないことだ。だから夢など見ていないでしっかり働くのだぞ」
「わかっています」
翠花はキュッと着物の襟を直してから、客人の待つ座敷へと向かった。
「んんッ、あ、あぁ。旦那様、旦那様もう……」
「ん、どうした? 気持ちよ過ぎて狂いそうか?」
「あぅ、あ、あ……う、はぁ」
一晩のうちに5人くらいの客を相手にすると、体中が蕩ける程気持ちよくなる日もある。それとは逆に、ギシギシと体が悲鳴を上げ苦痛しか感じない時もまた然り。今日は体がグズグズになる程感じる日だ。偶然にも、体の馴染みのいい客ばかりだったのだ。
「はぁ、気もちぃ……気持ちいいです……」
「ふふふ。翠花は可愛いなぁ」
「旦那様。翠花の一番奥を突いてください」
もはや視点の定まらない翠色の瞳で、自分を抱く男を見つめる。
「ここか? ここが気持ちいいのか」
「あ、あぁ! そこ、そこが気持ちいい……」
男の熱い昂りが翠花の最奥を突き上げる度に、翠花の体がビクンビクンと跳ね上がる。この一晩で何度も吐精した翠花自身からは、透明な液体がトロトロと溢れるだけだった。
「旦那様、翠花はもう、もう……!」
翠花が大きく背中をしならせた瞬間。
「失礼致します」
ガラリと扉が開け放たれ、1人の男が入ってきた。
「……え……?」
その場の空気が凍りつき、つい先程まで熱く昂っていた男自身が翠花の中で一瞬にして萎えて行くのを感じた。
(ちょっと待って。誰、この人……なんで、こんな時に……)
いくら肝っ玉の据わった翠花も、この予想さえしなかった出来事に言葉が出てこない。
「お仕事中大変失礼致します。私、皇帝の命令にて参りました太監の魏香霧 と申します」
「え、あ、はい」
翠花は慌てて今まで自分を抱いていた男から体を離し、布団に包まる。今まさに翠花と男は最高の瞬間を迎える直前だったにも拘わらず、一気に体の熱が冷めて行くのを感じた。窓の外を見れば太陽の日差しが降り注いでおり、もうとっくに夜が終わりを迎えていた事を知る。
(僕は、一体何をしていたんだろう)
現実に引き戻された翠花は裸体を隠しながら俯いた。もう日が昇っているにも拘わらず、欲に溺れきっていた自分が恥ずかしかった。
隣にいた男は、「あ、貴方様は……」と目を見開き呟いた後、鉄砲玉のように部屋を飛び出してしまう。取り残された翠花は呆然とそれを眺めた。
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