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後宮に嫁いだ坤澤②
「お気になさらずに。他人の情事なんて見慣れていますから」
「えぇ!? あ、貴方は気にしなくても僕は気になります……」
「ふふっ。皇帝はご自分のこういった場面を見られたとしても全く動じない方なので。我々も気にならなくなりました」
そう言いながらニッコリ笑う、香霧 と名乗った太監 は静かに翠花 の傍に跪いた。
「翠花様。貴方を皇帝陛下の妃として後宮にお招きするにあたり、この香霧が本日ご挨拶に参りました」
「きさ、き……」
「はい。明日、正式にお迎えにあがります」
「あ、明日……?」
「はい」
香霧は20代後半というところだろうか。その雰囲気は、人懐こい笑顔を見せた皇帝だという男に比べ、落ち着いた佇まいだ。博識そうなその表情は、彼をひどく大人に見せる。
皇帝陛下の直近の部下として、宮廷に仕える男性の事を『宦官 』という。その数は優に2000人もいるというのに、その宦官の頂点に立つ太監がこんなに若い人物であることに翠花は驚きを隠せなかった。もっと年を取った、ずんぐりむっくりの老人を想像していたのだ。
目の前の男は年の割にはとても落ち着いており、整った顔立ちをしている。サラリと顔にかかる髪を掻き上げる姿など、まるで女性のように品があった。
この男が「自分が皇帝陛下だ」と名乗ったら、きっと皆が信じてしまうだろう。そんな美しい振る舞いや聡明さが滲み出ていた。
「皇帝の妃なんて……夢の中の話だと思っていました」
「そうですよね。でもご安心ください。私がついておりますから。何も心配いりません」
綺麗に頭頂部に束ねられた髪を、繊細な彫刻が刻み込まれている櫛でまとめあげている。その上品な佇まいに翠花はドキドキする。それと同時に、自分がとても汚らしい人間に思えてしまった。
自分はつい先程まで金の為に男に抱かれていたのだ。
(僕は、なんて汚らわしいんだろう)
翠花は唇を噛み締めて俯く。
王宮から来たこんな立派な人に、自分を見られる事が恥ずかしくて仕方なかったのだ。
「僕は……僕は汚い人間です」
「え?」
「お金の為に体を売って、誰にでも抱かれる男なんですから」
目頭が熱くなり、ギュッと布団を握り締めた。翠花は自分のことが嫌いだったし、花屋 に来てから幸せなんていう感情すら忘れてしまった。ただ朝から晩まで、色々な男に抱かれ続けているだけ。両親から貰った大切な物を全て失くしてしまった気がする。
だいたい、こんな所でまともな常識や感情があったとしたら生きてなどいけないだろう。
「だから、皇帝陛下の妃になるなんてありえません」
小さく呟いた翠花の目からポトリと涙が溢れ、汗と精液に塗れた布団にシミを作った。
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