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後宮に嫁いだ坤澤⑤
「これはこれは……」
翠花 を見た香霧 が溜息をつく。
「想像以上にお美しい」
「そんな……恥ずかしいです」
満面の笑みを浮かべる香霧から、翠花は目を逸らす。
「皇帝陛下の見立て通り、貴方には紅い着物が良く似合う。さあ、参りましょう。皇帝陛下がお待ちですよ」
「はい」
香霧に手を引かれ、翠花は皆が待つ店先へと向かった。
店の外に出た瞬間、翠花は目を見開いた。花屋の店先には大勢の兵士がいて、馬車をグルッと取り囲んでいる。
「さぁ、お乗りください」
馬車は黒々とした毛並みの馬が4頭繋がれており、大層立派なものだった。馬車自体がどこかの立派な屋敷にさえ見える。
(こんな立派な馬車に僕が……)
今自分が身にまとっている着物は、皇帝陛下がお選びになった大変高価な物だろう。半上げにして頭のてっぺんで丸めた髪は、皇帝陛下から戴いた鼈甲 の髪飾りで綺麗に束ねられている。両耳には瞳と同じ色の翡翠 でできた飾りを付け、薄く化粧もした。唇にさされた紅が、まるで翠花を花嫁のように見せる。
「翠花さま! 万歳!」
「本当にお美しい!」
皇帝陛下に見初められた翠花を一目見ようと、花屋 の前には大勢の人々が押しかけて来ている。
「翠花様、おめでとうございます」
「是非とも、皇帝陛下によろしくお伝えくださいませ」
自分を鬼神 の生まれ変わりだと騒ぎたて、「売春宿へ売り払え!」と押しかけてきた五代家の人々までいた。
皆が皆一様に気持ち悪い笑みを浮かべ、翠花におべっかを使っているのが見え見えだ。そんなわかりやすい手のひら返しに、翠花は怒りさえ覚えた。
「もう行ってください」
翠花は香霧に向け声を絞る。
この群衆の祝福の言葉が、今の翠花には辛く感じられたから。自分が皇帝陛下の妃になったところで、幸せになれるはずなどない。なぜなら翠花は鬼神の生まれ変わりであり、坤澤 であり、男なのだ。王宮で幸せになれる要素なんて一つもない。
翠花は生まれながらに不幸な運命を幾つも抱えながらこの世に生を受けた。それは、これからも変わるはずがない。
ビシッと鞭が打たれる音と共に、馬車がゆっくりと動き出す。
花屋に未練など全くなかったが、王宮へ行く不安は大きかった。小さく震える体を自分自身で抱き締める。
「あ……」
ふと馬車の中から外を見れば、自分が生まれ育った館が見えた。懐かしさのあまり、胸の奥から熱い物が込み上げてくる。もう、一生自分の生家を見ることなんてないと思っていた。
「父様、母様……」
そんな館の前では、両親が深く頭を下げ翠花の乗った馬車を見送っていた。小さい頃から多くの人達から煙たがられていた翠花を、最後の最後まで大切に育ててくれた優しい両親。
「父様、母様。行って参ります」
溢れ出す涙で化粧が落ちないよう、目元をそっと押さえながら声を押し殺して泣いた。
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