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後宮に嫁いだ坤澤⑥

 瀏亮(りゅうりょう)7年。  翠花が嫁ぐ先は、魁帝国(かいていこく)の中心に聳え立つ『九垓城(くがいじょう)』。  先帝である魁晧月(カイコウゲツ)の死後、その位を継承したのは晧月の一人息子である魁玉風(カイユ―フォン)。玉風は若干28歳という若さで新皇帝となり、九垓城の主となった。晧月の死は誰もが予想できなかったことで、「暗殺されたのでは……」とまことしやかに囁かれる程だ。  そのため、晧月が遺した美麗皇后(メイリンこうごう)以外の妻達は故郷へと帰された。そして、玉風の為に新たな妃を4人迎えたばかりらしい。そんな中翠花(ツイファ)が王宮へ迎えられるという、前代未聞の出来事が起こったのだ。  王宮で暮らす妃達や宦官(かんがん)、先鋭的な軍の兵士達は、皆乾元(アルファ)だと言われている。乾元は生まれつき素晴らしい才能と容姿に恵まれている者が多い。勿論歴代の皇帝陛下は乾元である。  乾元と乾元の間にできた子供は、高い確率で優秀な才能を持った乾元が生まれてくるとされている。しかし、乾元と坤澤(オメガ)の間にできる子供は坤澤の可能性が高い。代々優秀な乾元で受け継がれてきた王宮に、汚らわしい坤澤の血が混じることなど許されるはずがない。  更に妃達の世話を焼く女中や、位の高くない宦官や兵士でさえ中庸(ベータ)なのだ。王宮で坤澤は、翠花ただ一人。  翠花を乗せた馬車は、軽やかな音をたてながらどんどん進んでいく。 「もうすぐ到着しますよ」   香霧(コウム)が、ボーッと窓の外を眺めている翠花にそっと声を掛けてくれる。  馬車に乗ってから暗い表情をしている翠花のことを、ずっと気遣ってくれている香霧。本当に優しい人だと、翠花はすっかり香霧を信頼しきっていた。 (彼なら、きっと僕を守ってくれるはずだ)  今の翠花にとって、香霧の存在が唯一の希望に思えた。 ◇◆◇◆  大きな広場を抜けた瞬間、見たことのないような高い石段が視界に飛び込んでくる。その遥か彼方、それはもう天空に浮かんでいるのでないかという程高い所に九垓城は聳え立っていた。九垓とは「遠い天の果て」という意味があるが、その名の通り天界へと通じているようだ。  翠花は、その階段の前で馬車から降ろされる。 (まさか、この階段を上れってことかよ……)  長い時間馬車に揺られていた翠花は、どっと疲れを感じた。無理もない。目の前に立つ急な階段は、少なくとも100段以上はある。しかもこんな動きにくい着物を着て、どうやってこの階段を上れというのだろうか。 (仕方ない、上るか……)  大きく深呼吸して階段に足を掛けようとした瞬間。 「皇帝陛下が、おなりです」  広大な広場に、良く通る甲高い声が響き渡った。 「え? 皇帝陛下……」  顔を上げて階段の頂上を確認しようとしたが、逆光のせいでそれは叶わなかった。 「ふふっ。まさか、待ちきれずにここまで出迎えにくるとは……」   香霧が可笑しくてたまらないといった顔で、クスクスと笑っている。 「余程お待ちかねだったみたいですよ」 「どういうことですか?」 「いいから。貴方はここで待っていてください」  香霧に優しく肩を叩かれた翠花は、何が起きたのかもわからず、その場に立ちすくむ。 「良く来たな翠花。疲れたであろう」 「え? あ、滅相もございません!」  翠花は、聞いたことのある声に思わずその場に跪く。遥か遠くで話しているというのに、その威勢のいい声は広場に響き渡った。 (この声は忘れもしない。魁玉風だ)  両手を揃えて目の前につき、額が地面につく程深々と頭を垂れた。 「私、翠花が皇帝陛下にお目にかかります」 「かまわぬ、頭を上げよ」  かしこまりきった翠花を見た玉風が、豪快に笑い声を上げる。その勇ましくも良く通る声は、翠花の鼓膜をビリビリと震わせた。

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