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危険な誘惑②
「なら其方は、夏雲 陛下に可愛がってもらうがいい」
「夏雲陛下に?」
「そうじゃ。きっと夏雲陛下は其方を気に入るだろう」
美麗 皇后が勝ち誇った顔をしながら仔空を見つめた。
「なぜ私が?」
玉風 に実弟がいることは香霧 から聞いていたが、なぜそんな立派な人物が自分を気に入るのかが仔空にはわからなかった。
「其方はきっと夏雲陛下に気に入っていただける。楽しみじゃなぁ」
美麗が意地悪く笑う姿を、仔空 は黙って見つめた。
「皇妃様方の挨拶会に皇帝陛下が送迎をするなんて、本当に前代未聞ですよ」
食事の時間となり、香霧が念入りに毒味をしている。
「も、申し訳ありません」
仔空はいたたまれなくなり思わず俯いた。
「仔空 妃殿下 が悪いのではありません。あまりに度が過ぎた寵愛は、仔空妃殿下にも迷惑がかかります。それが陛下にはわからないのでしょうか」
「はぁ……」
「陛下は恐らくこれが初恋なのでしょう。全くもって『いい加減』というものがわかっておられない」
「え……? 初恋……?」
その言葉に仔空の心臓がトクンと高鳴る。
(陛下の……初恋……)
その相手が自分だなんて、仔空は信じられなかった。
(今日は、食事が喉を通らなそうだな……)
仔空は火照る頬を両手で押さえる。自然と頬が緩む程嬉しいのに、恥ずかしくて仕方ない。
「もう仔空妃殿下を傷つけたくない。陛下はその一心なのですよ。陛下がこんなにも四六時中くっついていれば、仔空妃殿下を陥れることなんて出来ませんから。不器用な陛下なりの愛情表現なのです」
そう言いながら、香霧がニッコリ微笑む。
「だから、我慢してあげてくださいね」
◇◆◇◆
夏雲が訪れる日取りが決まってから、魁帝国 は賑わいを見せた。
街中は綺麗な行灯が飾りつけられ、豪華なご馳走な店先に並ぶ。広場で色鮮やかな着物を着た人々が舞い、その活気ある光景に仔空は目を瞬かせる。夏雲がいかに偉大な皇帝であるかを思い知らされた。
「凄い、国中お祭り騒ぎだ」
「前皇帝が亡くなって以来、久し振りに街が活気づいています。喜ばしいことですね」
「夏雲陛下がいらっしゃるからですよね?」
「はい。陛下の寵愛を受けていらっしゃる仔空妃殿下にお会いするのを、夏雲様も楽しみしているとのことです。そこで新しいお着物を新調するために、このように呉服屋にまで仔空妃殿下にご足労をおかけすることになった次第です」
「そんな……僕の為に、申し訳ありません」
「とんでもないことでございます。我らの仔空妃殿下はこんなにもお美しいのだと、知っていただきたいのです」
香霧は嬉しそうに目を細めながら、絹で織られた美しい生地を手に取っている。この店にある着物の生地はどれも高価そうで、仔空は触ることさえ躊躇われた。
「それにきっと、陛下も弟君に綺麗なお妃様を自慢なさりたいのでしょう。陛下がお妃を寵愛されるのは、仔空様が初めてですから」
「そ、そんな……」
「お茶が入りました。仔空妃殿下、どうぞ召し上がってください」
店の奥から店主の声が聞こえ、お茶が運ばれてくる。硝子で造られた茶器が日差しを受けキラキラと輝いていた。
「あ、ありがとうございます」
自分にそんな大役が務まるのだろうか……。少しだけ不安に感じながらも、用意してくれたお茶を口に含み呼吸を整えた。
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