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危険な誘惑③
そして、夏雲 が魁帝国 を訪れる日がやってきた。
「何をゆっくりと街を眺めているのです! 早くしないと夏雲陛下がお見えになりますよ! 他のお妃様方は朝早くから身支度をなさっているのに……」
「でも、所詮僕は男ですから……女性のように着飾る必要なんてないでしょう」
「なんてことを! 仔空 妃殿下 はご自分の美しさをわかっていないんですよ!」
玲玲 が小さな頬を膨らませて怒っている。こんな男の体なのだから、どうあがいても他の皇妃達に敵うはずはない。仔空にはそんな諦めがある。美麗 はああ言っていたけど、夏雲が自分を気に入るはずなどないのだ。
「ただ、陛下の顔に泥を塗らないようにはしたいな……」
そう思うと身が引き締まる思いがする。
「では、玲玲。よろしくお願いします」
「はい! 仔空妃殿下を皇妃様方の中で一番美しくしてみせますから!」
腕まくりをする玲玲を見つめ、仔空はそっと微笑んだ。
玲玲にお願いした後、大勢の女官に湯殿で体の隅から隅まで磨かれた。いつもより念入りに髪を梳かれ、薄く化粧まで施される。
皇妃達の間では、髪を頭のてっぺんで団子を作り宝石が細工された髪飾りを載せることが流行りだった。知らぬ間に仔空もその髪型にされそうになっていたので、それは拒否をしたのだった。
「絶対綺麗なのに……」
不満そうな玲玲と明明に無理を言って、長い髪を垂らし両耳の横に小さな桜の花の簪を挿すだけにしてもらった。真新しい着物に身を包めば、ピンと背筋が伸びる。
絹でできた肌触りのいい薄桃色の着物には、白い桜の花弁の刺繍が施されている。それはまるで仔空が暮らす桜の宮の庭園に生えている桜の木のようだ。その上から雲一つない晴れた日のような真っ青な羽織を身に着ければ、いよいよ場違いな気がして憂鬱にもなってきた。
「これは……仔空妃殿下。よりお美しくなられましたな……」
「そんな、やめてください。恥ずかしくなります」
朝早くから桜の宮を訪れ目を見開いている香霧 を見て、仔空は頬を赤らめた。
「いえいえ、お世辞などではなく、こんなにお綺麗になられるとは思ってもみませんでした。さすが陛下が見初められただけのことはあります。先日見繕った新しいお着物もお似合いですよ」
「ありがとうございます」
仔空の隣で、玲玲が自慢げにニコニコしている。
「僕がなんでこんな格好を……」
玉風から送られた首輪をそっと撫でて、重い足取りで香霧が用意した籠に乗ったのだった。
黄龍殿 にはすでに美麗をはじめとする皇妃達が集まっており、期待に満ち溢れた雰囲気に、仔空は圧倒される。煌びやかな衣装に濃い化粧、その場を包み込むお香の香りに吐き気がする程だ。
「本当に場違いだ……」
1人ポツンと取り残されてしまったように感じ、ここから逃げ出したくなってしまう。
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