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危険な誘惑④
「仔空 妃殿下 」
突然何者かに腰を引き寄せられ、腕の中に閉じ込められる。
「綺麗だ、仔空」
慌てて顔を上げれば、煌びやかな中にも落ち着いた礼服に身を包んだ玉風 がいた。その凛々しい姿に、思わず息を呑む。
「……陛下……」
そんな玉風に大勢の前で抱擁され、仔空の頬は一瞬で真っ赤になってしまった。
「今日は其方を構ってやれそうにないが、疲れたらいつでも後宮に戻るのだぞ」
玉風の唇が仔空の頬に触れた瞬間、美麗 達の短い悲鳴が聞こえてくる。あぁ、今頃きっと鬼の形相で怒り狂っているに違いない……。
名残惜しそうに仔空を見つめて、玉風は行ってしまった。それと同時に背後からドンッと肩を突かれ、驚いて振り返る。そこには予想通り眉を吊り上げた美麗が立っていた。
「其方のような貧相な坤澤 が少し陛下の寵愛を受けたからといって、いい気になるではないぞ」
「はい。承知しております」
何とかその場を収めようと、美麗に向かい深々と拱手礼する。こういった皇妃達とのいさかいに煩わしさを感じていた。
「まぁ、いい。お前は明日には後宮を追い出される運命なのだからな」
そう吐き捨て、見下したような視線を向けた後、美麗が背を向ける。
(王宮を追い出される運命……?)
次の瞬間、黄龍殿の入り口から「わぁッ!!」という耳をつんざくような大歓声が聞こえてきた。
「夏雲陛下のおなりです」
香霧 の凛とした声が聞こえると同時に、皇妃達が獣のように目をギラつかせた。
◇◆◇◆
大歓声に包まれ、玉風と共に大広間に入ってきた青年。恐らくあれが夏雲 だろう。
玉風によく似ているが、仏頂面をした兄とは違い、弟である夏雲は人懐こそうな笑顔を浮かべている。柔らかい中にも貫禄のある風貌は、若いながらに一国を統率する皇帝陛下そのものだ。しかし偉ぶっている様子は全くなく、拍手で自分を迎える家来達に向かいにこやかに手を振っている。
冕服 と言われる皇帝陛下の礼服に身を包んだ2人は、息を吞む程神々しい。住んでいる世界が違う……。こういう姿を目にする度に、仔空は玉風との距離を感じずにはいられない。
皇妃達のいるところで立ち止まった玉風と夏雲を目の前にした仔空は、あまりに立派な風貌に言葉を失ってしまう。
「夏雲陛下、ようこそおいでくださいました」
「お待ちしておりました」
媚びた笑顔を浮かべる美麗達が、一斉に深々と拱手礼をする。仔空もそれに倣い頭を下げた。
「これはこれは、お美しい皇妃達に歓迎されるなんて大変光栄です」
皇妃達に向かい意味深な視線を向ける夏雲は、評判通り女好きのようだ。皇妃達からしても、玉風の弟である夏雲によい印象を与えることは好都合なことなのだろう。見え透いたご機嫌取りが始まった。
「くだらない……」
やがて盛大な宴が始まり、黄龍殿の大広間は一気に賑わいを見せた。天女のような衣装を身に纏った女官達が舞い、美しい演奏を奏でる。家来達にも酒が振る舞われ、陽気な雰囲気がその場を包んだ。
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