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危険な誘惑⑦
「いいのか?」
その瞬間、夏雲 の顔から笑みが消えた。仔空 の知らない、王宮の世界を生き抜いてきた男。
「発情 した其方が私を誘惑したって、兄上に言いつけるよ?」
「……なんで、ですか……?」
「今は人払いしてあるけど、この近くには実に忠実な俺の宦官達が待機している。その者達は口々に声を揃えて言うだろうね。君が私を誘惑したって」
「…………」
「その代わり……君が大人しく言うことを聞いてくれれば、このことは黙っていてあげる。どうすればいいのか、賢い仔空妃殿下 はわかっているよね?」
もし自分が発情し、実の弟である夏雲を誘惑したなどと玉風 が知ったら……。薄汚い坤澤 だと軽蔑の目を向けられるだろうか。元々売春宿にいた仔空が「夏雲に強制発情薬を飲まされた」と泣いて訴えたところで、きっと誰にも信じてもらえないだろう。
自分は金を稼ぐために男に抱かれ続けた、汚らわしい坤澤なのだから。
「この翠色の瞳を見るだけで熱くなる」
夏雲はうっとりとした表情を浮かべながら、仔空の頬を撫でる。
「私も鬼神 の能力にあやかりたい。なぁ、仔空よ。私も幸せにしてくれ」
そのまま唇を奪われる。
玉風に声も顔も似ているのに、口付けの仕方は全然違う。それが、せめてもの救いに思えた。
(陛下……ごめんなさい。でも項だけは、項だけは守ります)
仔空は首輪をギュッと握り締めた。
「夏雲様……。お願いします……」
夏雲が満足そうに微笑む。
「物分かりがいい、賢い子だ。ほら、言ってごらん? 自分の夫の弟に犯してほしいって」
「えっ……」
「淫乱な仔空妃殿下なら言えるだろう。ほら、言ってごらん? 君は男が大好きなんだから」
夏雲の綺麗な眉が更にいやらしく垂れ下がる。すぐにでも逃げ出したいのに、夏雲の強い力で抱き留められ、そんなことは叶わなかった。
体が震える。もしもこの乾元に項を噛まれたら、自分は夏雲と番になってしまう。そう思えば怖くて仕方ないのに、体は乾元を求めて熱くなる。
(怖い……)
奥歯を噛み締めても震えが止まらない。涙が次から次へと頬を伝った。
(大丈夫、大丈夫だ。好きでもない男に抱かれるなんて、慣れっこだろう)
自分で自分に言い聞かせる。諦めて目の前の男に抱かれる以外に、道は残されていないのだ。決心して夏雲を見上げた。
「ぼ、僕を抱いてください……お願いします」
「いい子だね」
綺麗に合わせられた着物を脱がされ、仔空の上半身が空に晒される。期待と絶望が仔空の心に津波のように押し寄せた瞬間……。
ドサッ。
仔空の背中に鈍い痛みが走り、その衝撃にギュッと目を瞑る。うっすら目を開ければ、視界には星空が広がっていた。夏雲に押し倒されたということに気付くまでに、大分時間がかかった。冷たくて硬い地面に思わず顔を顰める。
頭は朦朧としているのに、下半身は焼けるように熱くて仕方ない。雄の楔を求めて、後孔と仔空自身の先端からトロトロと熱い体液が漏れ出る。着物の合わせを開かれて桜色の乳首に舌を這わされれば、虫酸と快楽という、相反する感覚が一気に押し寄せてきた。
「あ、あぁ……助けて……助けて、陛下……」
諦めたはずなのに、情けないことに目からはまだ涙が溢れた。今の仔空はあまりにも非力過ぎて、この力強い夏雲に、乾元 に太刀打ちなんかできるはずがない。
「もうトロトロだ。本当に女みたいに濡れるのだな」
後孔に指を差し込んだ夏雲が、嬉しそうな声をあげる。
「ん、んんッ。あ、あぁッ!」
「ほら、気持ちいいね。仔空妃殿下は本当に可愛らしい。兄上が寵愛する妃……最高だ」
「あぅ、はぁはぁ……あ、あぁ……ッ」
夏雲が指を出し入れするだけで、クチュクチュと卑猥な水音が闇夜に響き渡る。仔空の気持ちとは裏腹に、乾元を受け入れる準備が出来た何よりの証だった。
「これが兄上の愛している坤澤か……素晴らしい」
「ん、んんッ。はぁ……」
夏雲は執拗に口付けを繰り返す。息も絶え絶えになりながら、仔空は必死に受け止めた。
「このまま項を噛ませてくれ。お前をこの私の番にしてあげよう」
そう囁きながら、乱暴に仔空の首輪を外し放り投げた。
(諦めよう。全ては悪い夢だったと割り切るんだ。坤澤が幸せになろうなんて、所詮夢物語だったんだ……)
仔空は覚悟を決めて目を閉じた。
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