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【第八章】 冷宮①

「お前は必ず幸せになれるから……。だからいつも、笑っていてね」  優しい両親が、仔空(シア)の頭を撫でながら笑っていた。    坤澤(オメガ)としてこの世に生を受けた仔空が幸せになれる確率なんて、夜空に浮かぶ星々の中から宝石を見つけ出すようなものだ。そんな奇跡、起こるはずなんてない。それが坤澤の運命なのだから。  そんな仔空を哀れに思ったのか、両親は『運命の番』の話もしてくれた。  坤澤には世界にたった1人だけ、赤い糸で結ばれている乾元(アルファ)がいる。運命の番に触れた瞬間、雷に打たれたかのように体が痺れて……本能的に運命の番だと悟るのだ、と。 「仔空はきっと出会うことができる。運命の番に……。その運命の番と幸せになってね」  そう涙ぐむ両親を何回も見てきた。 「幸せになりたい……」  ふと目を覚ませば、見たことのある景色が広がっていた。 「あ、ここは陛下の閨だ」  すぐ隣に感じる温かな存在。顔を上げてその人物を確認してから、ギュッと抱き締めた。規則正しい心音が心地いい。 「本当に目が覚めるまで傍にいてくれたんだ……」  玉風(ユーフォン)は発情した自分を抱くことなく、ただ傍にいてくれた……。そんな人は今までいなかった。こんな坤澤の気持ちを大切にしてくれたことが嬉しくて、胸がいっぱいになる。 「ありがとうございます」  玉風の唇を指先でなぞってから、静かに唇を寄せる。 「あんな酷いことを言ってごめんなさい」 「……もうよい。気にするな」 「陛下……起きてらっしゃったのですか?」 「ふふっ。其方が随分可愛らしいことをしてくれるものだから、黙って見ていたのだ」 「そんな……陛下はいつも意地が悪いですね」 「まぁ、そんなにむくれるな。それより、もう口付けは終わりか?」  玉風が意地悪く笑いながら顔を覗き込んでくる。 「どうしてそんなに意地悪をするのですか」  仔空の顔がカァッと熱くなった。 「其方が可愛らしいのがいけないのだ」 「陛下……仔空は許しませんよ」  体をクルンと反転させて玉風に覆い被さる。 「陛下……」  そのまま唇を奪って優しく啄む。舌を絡め取って息ができないくらい夢中で口付けを交わす。室内に響くピチャピチャという卑猥な水音に、少しずつ体が疼き出した。 「ん、はぁ……陛下……陛下……」 「仔空、可愛いな」  隙間がない位抱き締め合って、震える程の幸せを感じていた。 ◇◆◇◆    数日後、皇妃達が黄龍殿(こうりゅうでん)の大広間に集められる。仔空は雨露期(ヒート期)特有の気怠さが抜けきらず頭がボーッとしていた。狂ってしまいそうな発情(ヒート)は収まっているが、体の火照りがなかなか引いてくれない。 「汚らわしい坤澤め」  そんな仔空を見た美麗(メイリン)が小さく舌打ちをする。  もうすぐ出産予定日を迎える美麗の腹はまるで西瓜を入れたかのように膨らんでおり、歩くのも大変そうだ。口では祝福している皇妃達も、その腹に冷たい視線を向けていた。 「これより陛下は、東の山に現れるという山賊の調査に出発される」 「え? 山賊ですか……」 「そんな……危険ではありませんか!?」   ざわめく皇妃達の反応に動じることなく、来儀(ライギ)が淡々と話を続ける。  隣国から魁帝国(かいていこく)へ運ばれる物資を狙う山賊から受ける被害は大きく、玉風が軍隊を率いて調査へ向かうこととなった。  山賊の数は多く、物資を奪うためには手段を選ばない。馬と家来達も殺した挙句、全てを持ち去ってしまうと言うのだ。しかし、物資を運ぶためには東の山を通るしか方法はない。 「このままでは物資が帝国に届かないということは勿論、金銭的な被害も大きい。何より躊躇いもなく人や馬を殺める輩達を、いつまでも好きにさせておくわけにはいかないからな。調査と言うのは名目で、討伐が本当の目的だ」 「陛下、その通りでございます」  来儀が深々と拱手礼をする。  しかしそれがいかに危険な任務であるかということは、仔空にもわかった。  もしかしたら玉風の命に関わることかもしれない。「行かないでほしい」とすがりつきたくなるが、一国の皇帝に対してそんなことできるはずがない。皇帝には国民を救うという義務があるのだから。  その勇ましさに心が熱くなるが、同時に不安にも襲われた。 「陛下。もうすぐお腹の赤ん坊が生まれてきます。私も頑張って元気な子を産みますので、どうかご無事で……」 「美麗皇后よ」 「はい、なんでございましょう」  美麗の言葉を遮り、玉風が美麗と向き合う。自分に注目してくれたことが余程嬉しかったのだろう。美麗は瞳をキラキラと輝かせた。 「その腹の子は俺の子ではなく、先帝の子だ。悪いが父親の子まで面倒をみる義理はない」 「そ、そんな……」 「しかしながら、何事もなく世継ぎを産んでほしい」  美麗の顔が一瞬で青ざめ、細い肩が震えている。それを見た他の皇妃達の口角がニタリと吊り上がった。  

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