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冷宮②
「仔空妃 よ」
「……はい」
仔空は弾かれたように顔を上げる。目の前には心配そうな顔をした玉風 が立っていた。
「まだ体調が悪そうだな」
「いえ、大丈夫です」
「俺が帰るまで、ゆっくり休むのだぞ」
「はい、陛下」
優しく頬を撫でる玉風の大きな手に、仔空は頬擦りをする。「行かないで」そう言いかけた言葉をそっと呑み込む。皇帝陛下の妻である限り、笑顔で夫を送り出さなければならない……。それは痛い程わかっていた。
「俺が戻るのを待っていてほしい」
「仔空は陛下がお戻りになるのをずっと待っています。ですから、どうぞご無事で」
「行ってくる」
お気をつけて、そう言おうとした唇を玉風に奪われる。
美麗 達が目を見開き仔空を凝視しているが、そんなことはもう気にもならない。玉風の腰に腕を回し、夢中で口付けを受け止める。名残惜しそうに離れていく唇をペロッと舐めた。
寂しそうに微笑みながら頭を撫でてくれた玉風を、張り裂けそうな思いで見送った。
魁帝国 の軍隊が出動した後、黄龍殿 には恐ろしい程の沈黙が残される。
「仔空妃殿下、体調が優れないようですので後宮へ戻りましょう」
香霧 に背中を押され黄龍殿を後にしようとした瞬間。
「許さない。お前だけは許さない……」
「……え?」
「許すものか!!」
怒りに我を忘れた美麗が、懐に忍ばせていただろう短剣を仔空に向かい振りかざした。「あ……」と思った時にはもう遅く、
「危ない! 仔空妃殿下!」
と叫ぶ香霧の声が、遥か遠くで聞こえた。
ザクッ。
ゆっくりと時間が流れ、体の一部を切り裂かれる感覚に血の気が引いていく。髪を鷲掴みにされ強く引かれた後、何かが床に落ちていった。
(なんだ……)
仔空が恐る恐る床に視線を移せば、長い髪が落ちていた。一つに結わえていた髪が、サラサラと顔にかかる。髪を切り落とされたことに気付いた時には、美麗が泣き喚きながら床に崩れ落ちていた。
「坤澤 の分際で……! 許せない、許せるものか!」
「美麗皇后、おやめください!」
香霧が咄嗟に美麗から短剣を奪う。仔空には、その光景がまるで他人事のように感じられた。
「許せない、許せない……!!」
美麗の泣き叫ぶ声が大広間に響き渡った。
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