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命に代えても②
「仔空妃殿下 を捜すのだ!」
「川は見た目以上に深く流れが速い。十分に気を付けるように!」
手に行燈を持った家来達が川の中を照らし、様子を窺っている。
「生きているはずなどないではないか……」
来儀 の頭には最悪の結果しか浮かんでこない。なのに玉風 からは、諦めるという気配は全く感じられない。それどころか、川の流れに沿うようにゆっくりと川下に向かって歩き出した。
「ここにはいない」
「陛下、お気を付けください」
「わかっている」
キラキラと月光を浴び輝く川。玉風はその水面を見つめながら、どんどん一人で歩いて行ってしまう。まるで何かに導かれているようだった。
「仔空、俺はまだ幸せになってなどいないぞ……。今助けに行くからな」
玉風の着ていた上着がパサリと地面に落ちた。
「陛下、何を……」
「いいからお前はここで待っていろ」
「陛下! なりません!」
「離せ、俺は大丈夫だ」
「しかし……」
来儀が玉風の腕を掴んだが、強い力で振り払われてしまう。行かせるものか……再び玉風に向かって手を伸ばした瞬間、体がヒラリと宙を舞う。
「陛下!!」
あと一歩、というところで来儀は玉風の腕を掴むことができなかった。
ドボン。
川に重たいものが落ちる音が響き渡る。来儀の体からスッと体温が消えていき、嫌な汗が額に滲んだ。一瞬茫然と立ち尽くしたが、ハッと我に返り大声で叫ぶ。
「陛下が川に飛び込んだ! 捜せ、捜せ!」
来儀の耳をつんざくような声に、家来達の顔が青ざめる。
「陛下が……まさか……!?」
その場が騒然となり、来儀が小さく舌打ちをする。ここで皇帝陛下が亡くなったら大変なことになる……。
「見つけたらすぐに知らせろ!」
自分も川に飛び込むしかない……。来儀が意を決し着物を脱ぎかけた時。
ポタ……ポタ……。
「……なんだ……」
地面に雫が垂れる音が聞こえてくる。ビチャビチャと水気を帯びた重たいものを引きずるような音が、少しずつ近付いてきた。
振り返れば、ぐったりとした仔空を横抱きにした玉風が立っていた。
玉風の足元には水溜りができている。大切そうに抱えられた仔空は真っ白な顔をしており、生気が全く感じられない。来儀は顔を強張らせた。
「大丈夫、まだ生きている。侍医 を呼んでくれ。こんなに冷たくなって。可哀そうに……」
玉風は目を開けようともしない仔空の頬に、そっと唇を押し当てた。
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