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命に代えても③

 玉風(ユーフォン)の閨にたくさんの火鉢が並べられた。先程から侍医(じい)が忙しなく走り回っている。  濡れて冷たくなった仔空(シア)の着物を玉風が脱がせ、温かい湯で拭いてやる。それでも仔空の頬が赤みを帯びることはない。かろうじて上下に動く胸の動きで、仔空が呼吸をしていることが伝わってきた。 「おい、仔空妃は首を噛まれている。これは香霧(コウム)と番になったということか?」 「は、はぁ……」 「いいから言え」  仔空の脈をとっていた侍医に声をかけると、顔を引き攣らせながら目を見開く。「私にそれを聞くのか」と言いたいのだろう。体がガタガタと震えている。 「いいから言え。仔空妃は香霧の番になったのか?」 「恐れ多くも申し上げます。坤澤(オメガ)である仔空妃殿下(シアひでんか)の項を、乾元(オメガ)である香霧様が噛まれたのであれば、お二人は番になられたのだと思います」 「そうか……」  侍医は床にひれ伏し頭を上げることさえできない。張り詰めた空気が黄龍殿(こうりゅうでん)に流れた。 「番を解消する方法はないのか」 「はい?」 「番を解消する方法はないのかと聞いているんだ」 「も、申し訳ございません! 私にはわかりかねます!」 「なら、そんなところで土下座なんかしていないで、さっさと番を解消する方法を探してこい」 「しかし、一度番になってしまえばそれを解消する方法なんて……」 「わかっている!!」  玉風が声を張り上げた瞬間、その場にいた者の動きが一瞬で止まる。 「帝位などくれてやる。俺の命と引き換えでも構わん。番を解消する方法を見つけてこい。この役立たず共が!」 「し、しかし……」 「そんなこともわからない侍医など、皆殺しにしてやる。わかったのなら行け!!」   無理難題を突き付けられた侍医は、目に涙を浮かべながら黄龍殿を後にする。 「陛下、お着物がびしょ濡れです。着替えられてはどうですか?」 「あぁ……」  来儀(ライギ)の声に、玉風がようやく寝台から立ち上がる。 「なぁ来儀よ」 「はい」 「愚かだと思うか?」 「はい?」  玉風の言葉の意味がわからず、来儀は眉を顰める。先程より幾分顔つきが穏やかになったが、いつ何をしでかすかわからない危うさはまだある。言葉を発することに恐怖を感じた。 「一国の皇帝が、たった一人の皇妃のためにこんなに必死になるなんて……馬鹿げていると思うだろう」 「い、いえ。そんなことは……」 「わかっているのだ、自分でも。どんなに愚かなことをしているかなんて。ただ、誰かを慕い焦がれるということが、どんなにも苦しくて尊いものなのかということを、身をもって知ったのだ。俺は、なんとしてでも仔空妃と番になりたい」 「陛下……」 「可哀そうに。無実の罪を着せられ、どんなに怖かっただろうか……。もしかしたら、俺の名を呼んだかもしれない。髪だってどうしてこんなに短くなってしまったんだ? すまん、仔空よ。傍にいて守ってやれなかった……」  愛おしそうに仔空の額に自分の額を押し当てる玉風は、来儀が初めて見る悲痛な姿だった。これまで誰にも心を開かなかった玉風。その綺麗な瞳にうっすら涙が浮かんでいたことに、来儀は見て見ぬふりをした。

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