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命に代えても④

侍医(じい)共は何をしているんだ! いつまで待たせれば気が済むのだ!」  ガシャンという音と共に、玉風が燭台をひっくり返す。あまりの剣幕に、来儀(ライギ)は思わず後ずさった。 「王宮屈指の侍医集団が聞いて呆れる。一人ずつ首を刎ねていくか……」 「陛下、もう少しだけお待ちください! 只今、善蕉風(ぜんしょうふう)を宮殿に呼んでおります」 「善蕉風だと?」 「はい。先帝が常に傍に置いていた侍医ですが今は引退し、生まれ故郷で暮らしています。その者は番についても詳しいと聞いております。なので、もう少しだけお待ちください!」  大剣に手をかけようとする玉風の前に来儀が立ちはだかり、深々と拱手礼をする。 「ならば早く呼んでこい!! このままでは、仔空妃(シアひ)は永遠に香霧(コウム)と番のままだ」  玉風(ユーフォン)は未だに目を覚ますことのない仔空を心配そうに見つめる。 「もし、仔空妃が死んだら……お前達全員殺すからな」  その言葉に、来儀の体から一瞬で体温が消えていく。もう何度も戦で死線を潜り抜けてはきたものの、それ以上に強い恐怖に駆られた。このお方は本気だ……。 「陛下。善蕉風が参りました」  声のする方を向けば、腰の曲がった老人が拱手礼をしている。 「其方が善蕉風か?」 「はい。お待たせして申し訳ございません」  善蕉風と名乗った老人が顔を上げれば、深い皺が刻み込まれた顔に穏やかな笑みを湛えている。痩せて骨が浮き出た体を、かろうじて杖が支えていた。 「お久しぶりでございます、陛下。立派になられまして……」 「よく来てくれた」  殺気立つ玉風を目の前にしても全く動じない辺り、彼もまた数々の死線を越えてきたのだろう。  ゆっくり寝台に近付き、仔空の顔を覗き込む。そしてそっと微笑んだ。 「これは、桜の花弁のように美しい皇妃ですな。どっこらしょ」  その場にしゃがみ込み、仔空の手を握って脈をとり始める。その様子を玉風が心配そうに覗き込んだ。 「かなり衰弱されており、非常に危険な状況です。それに非常に申し上げにくいですが、この方から今は信香(フェロモン)を感じることができない。つまり、項を噛んだ相手と番関係が成立してしまった、ということです」 「なんだと? なんとかならないのか?」 「一番簡単な方法は香霧を殺すことです。番は片割れが死ぬことで解消されますから」 「それは……ほかに方法はないのか?」 「なぜですか? 香霧を殺せない事情でもあるのでしょうか?」 「うるさいジジィだ。そんなことはどうでもいいだろう? 他には方法がないのか?」  明らかにイライラした玉風が善蕉風を睨み付けた。そんな玉風を見た善蕉風が大きな溜息をつく。 「現皇帝は本当に困ったお方だ。たかが皇妃一人の為に……」 「なんだと?」 「少し時間をください。色々調べたいことがあります故」  善蕉風が呆れた顔をしながらも深々と拱手礼をする。 「あまり時間をとらせるなよ」 「承知致しました」  玉風に背を向けるとゆっくりと黄龍殿(こうりゅうでん)を後にした。

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