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運命の番②

 それから何日か経った昼過ぎ、気分が良かった仔空(シア)は桜の宮の中庭に向かった。 「あー、気持ちいい」   数日ぶりに外に出てみれば、爽やかな風が吹いてきて思わず大きく伸びをした。ずっと寝ていたせいか、体が重たくて仕方ない。少し散歩でもしようと歩き出せば、誰かがヒソヒソと話す声が聞こえてくる。「誰だろう」そう思い、そっと声がする方を覗き込んだ。 「知ってるか、あの噂」 「あぁ、知ってるとも」  そこには宦官(かんがん)が数人いて、何やら話をしているようだ。「盗み聞きなんて申し訳ない」そう思いながらも、つい耳をそばだててしまう。 「仔空妃殿下(シアひでんか)に番ができてしまった今、陛下に新しい妃を……っていう話がでているらしいな」 「そうだ。坤澤(オメガ)は番ができれば、番以外と目合(まぐわ)うことはできないんだろう? 子供が産めない男妾なんて、国のいい恥さらしだ」 「近いうちに若い娘を集めて、皇妃を選ぶらしいぞ?」  仔空は目の前が真っ暗になるのを感じる。息が苦しくて足に力が入らない。立っていることが辛くて、その場にグズグズと座り込んだ。 「そしたら、仔空妃殿下ももう終わりか」 「あぁ。寵愛されていたが、所詮は坤澤。もはや用済みだろう」  涙が溢れてボロボロと溢れ出す。そんなことはわかりきっていたのだから、覚悟はできていたはず……しかし、いざ現実を突き付けられてしまえば簡単に心が揺れてしまう。 「聞かなければよかった、こんな話」  膝を抱えて蹲り、仔空は静かに泣き続けた。 ◇◆◇◆  その日の夕方、仔空はまた熱を出した。それはまるで、仔空の体の中にいる番が暴れ回っているようにも感じられる。 「善蕉風(ぜんしょうふう)よ、どうにかならないのか?」 「ですから、香霧(コウム)を殺せば番は解消されます」 「番が解消されたところで、仔空妃は俺と番になることはできないだろう?」 「その通りでございます。坤澤は一生のうち一人しか番をもつことはできませんので」 「それに、俺はもう人を殺めたくはないのだ」 「はい?」 「誰かを殺めれば、仔空妃は悲しむ。俺は、こいつの悲しむ顔をもう見たくない」 「恋というものは、いつの時代も厄介ですな」  顔を歪めながら両手で顔を覆う玉風の隣で、善蕉風は天井を仰いだ。  それから三日三晩、懸命に治療が行われたが、その甲斐もなく仔空の容体は一向に良くなることは無かった。  仔空の傍に付き添う玉風の顔には、さすがに疲労の色が浮かんでいる。きちんと睡眠をとっていないのだろうか、目の下には濃い隈があった。 「仔空妃、大丈夫か?」  静かに頬を撫でる。玉風はもう幾度となくそれを繰り返していた。 「陛下、公務は大丈夫なのですか?」 「問題ない。そっちは何とかこなしている」  暇さえあれば仔空の元を訪れる玉風を、心配そうな顔で善蕉風が見つめている。 「陛下、私が仔空妃殿下に付き添っていますので、どうぞお休みになられてください」 「いや、いい。俺はここにいる」 「陛下……」 「俺は仔空の為に、傍にいてやることしかできないのだ」  玉風のくぐもった声が静かな閨に響き渡った。

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