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運命の番③
「……ん……ッ」
仔空 が目を覚ました時には辺りは真っ暗だった。行燈の淡い光が室内を照らしている。
雨が降っているのだろうか? 薄く開けられた障子の外からシトシトと雫の垂れる音がした。
目を開き、数回瞬きをして、今自分を抱き締めている存在を確認する。温かくて、逞しくて……仔空はこの温もりが大好きだった。
「陛下……」
静かに囁きながら、玉風 の唇を指先でなぞる。仔空はこの唇も大好きだった。
「目が覚めたか?」
「はい。またご心配をおかけしてしまったのですね……」
「よい、そんなことは気にするな。其方が隣にいてくれさえすれば、他に何もいらないのだ」
「陛下……」
「国も帝位も、この命さえもくれてやる」
スンッと鼻を鳴らしながら仔空の肩にもたれかかってくる玉風。不貞腐れたような表情に小さく溜息をつく。これが一国の皇帝陛下だろうか。これでは、まるで拗ねた子供だ。
「皇帝陛下ともあろうお方が、そのようなことを言ってはなりません」
「俺は其方と一緒にいられれば、それでいい……。皇帝という地位など捨てて、どこか静かなところで2人で暮らそうか?」
「え? 皇帝陛下がこの国を捨てて、ですか?」
「そうだ。畑で野菜を作ったり、山で狩りをしたり。川で釣りもいいなぁ」
「ふふっ。そんなこと陛下には似合いませんね」
そんな光景を想像しただけで可笑しくなってしまう。でも、そんな穏やかな生活が送れたら、どんなにいいだろうか? 乾元 や坤澤 ……そんなことが関係のない世界で、仔空は生きてみたかった。
「陛下……」
自分の腕の中で甘える玉風をギュッと抱き締めて、耳元で囁く。
「もし僕が王宮から追放されるようなことがあったら……」
「何を言ってるんだ!? そんなこと俺がさせな……」
「シーッ。僕の話を聞いてください」
大声を上げる玉風の唇に自分の唇を重ねる。突然の口付けに、驚いたように目を見開いた玉風に向かい優しく微笑んで見せた。
「もし僕が王宮から追放されたら、新しい皇妃を迎えて、その方に皇太子を産んでいただいてくださいね?」
「其方、一体何を言っているのだ? ……まさか、新しい皇妃を選ぶなどというくだらない噂を聞いたのか? そんなこと俺がさせるわけないだろう!?」
「幸せになってください、陛下……」
悲しそうに顔を歪める玉風を見れば、心が引き裂かれるほど痛む。目頭が熱くなったから、唇を噛み締めた。
「幸せになってくださいね」
「そんなこと、させるものか……」
「駄々をこねないでください。陛下」
「其方から離れるものか」
痛いくらいにしがみついてくる玉風の背中を、宥めるように撫でてやる。
「陛下……お願いですから……」
「嫌だ、絶対に嫌だ」
首筋の傷がズキンズキンと痛み出したけれど、それ以上に心が痛かった。
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