73 / 83

運命の番⑤

仔空妃(シアひ)。俺は其方を慕っている。心の底から」 「陛下……」 「俺の命に代えても、必ず其方の番を解消してみせる」 「いけません、陛下。一国の皇帝陛下が、一人の皇妃の為に命を差し出すだなんて……そんな馬鹿げたことがありますか?」 「馬鹿げた、だと?」 「その通りです。魁帝国は先帝が亡くなられた悲しみからようやく立ち直ったばかりです。陛下の後継者でもある皇太子も死去されたばかりなのですよ。これでもし陛下の身に何かあったら……」  今の玉風(ユーフォン)は、本当に仔空の為に命を投げ出してしまうかもしれない……そんな危うさを持っていた。それだけは阻止せねば……。  仔空はもう幾度も玉風に言い聞かせてきたのに、一向にその考えが変わることはない。 「関係ない」 「陛下……」 「帝国だとか、皇帝陛下だなんて関係ないのだ。俺は、仔空妃が幸せに生きてくれさえすれば……」 「陛下、駄目です」 「仔空妃。俺はお前と居られて幸せだ。他には何もいらない」  玉風が首筋に強く吸い付いた瞬間……体がビクンと大きく跳ね上がった。 「あぁ……!」  噎せ返るほどの甘ったるい匂いが辺りを包み込む。 「この匂い……」  仔空にはその匂いに覚えがあった。愛しいのに、なぜか悲しくなる。眠っていたはずの本能を掻き立てられる……そんな甘い香り。  仔空の全身からは甘ったるい香りが放たれ、頬が紅を差したかのように赤みを帯びた。自然と涙が溢れ出し、苦しくて肩で息をしながら玉風を見つめた。 「艶っぽいな……。苦しいのか? 仔空妃、おいで」  優しく微笑みながら両手を広げる玉風の腕の中に倒れ込む。白い肌は桜のように薄く色付き、ジンジンと体の中から甘く痺れた。 「はぁ、はぁ……苦しい……陛下……苦しいです……」 「……其方、まさか発情(ヒート)しておるのか?」 「はい、陛下……。辛いです……助け……て……」 「俺の前で発情するということは、香霧(コウム)との番は解消された……ということか? でも、なぜ?」 「わかりません。わからない……お願い……はぁ……助けて……」  明らかに発情している仔空を見て、玉風が息を呑む。仔空の反応を確かめるように髪を撫でてくる。たったそれだけで仔空はブルブルッと身震いをした。 「仔空妃、其方……本当なのか? 香霧との番が、解消されたのか?」  仔空に触れる指は小刻みに震え、綺麗な瞳にはたくさんの涙が浮かんでいる。 「仔空妃……」    首筋に残る噛み傷に触れられるだけで達してしまいそうになる。目の前にいる眉目秀麗な乾元(アルファ)に。仔空はもう一度心を奪われてしまった。 「陛下……僕を抱いてください……」 「仔空……」  「お願い……抱いて……」  ビリッ。  玉風の指先が仔空の頬に触れた瞬間、強い電流が2人の間を駆け抜ける。 「運命の番、か……」   玉風が泣きそうな顔で呟く。  運命の番である乾元と坤澤が触れ合った瞬間『電流』が走り、相乗効果の如く発情する。仔空は幼い頃から何度も両親からその話を聞いてきた。いつか運命の番に出会って幸せになってほしい、と両親の涙ぐむ姿を、今でも夢に見るほどだ。 「父様、母様。僕は運命の番に出会うことができました。しかも、こんなにも立派な乾元(アルファ)です」  仔空の頬を涙が伝う。ようやく幸せを手に入れることができたことに、心が熱く震えた。 「泣いているのか?」 「いいえ。悲しくて泣いているのではありません。幸せで、幸せ過ぎて涙が溢れるのです」 「そうか……俺も同じだ。これが幸せというものなのだな……」  玉風が泣きそうな顔で笑うものだから、仔空の瞳からは堪えきれない涙が次から次へと溢れ出す。辛かった日々がやっと報われた瞬間だった。

ともだちにシェアしよう!