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運命の番⑦

仔空妃(シアひ)、仔空妃」  そっと体を揺すられて仔空は目を覚ます。体はズッシリと重く、少し動くだけで体中が悲鳴をあげた。  視線の先には心配そうに顔を歪める玉風(ユーフォン)がいる。そっと、その頬を撫でてやった。 「陛下ともあろう方が泣きべそばかり……笑われてしまいますよ?」 「別に構わない。お前以外にどう思われようが」 「困った皇帝陛下ですね」  体をゆっくり起こせば、汚れた体は綺麗に拭かれ寝間着を着せられている。  ズキンズキンと脈打つように痛む首には、手当をしてくれたのだろうか……布が巻かれていた。 ――昨日のあれはなんだったんだろう……。  思い出すだけで、一瞬で顔から火が出そうになる。玉風の顔を見ることが恥ずかしくなり、スッと視線を落とした。 「これはこれは、仔空妃殿下(シアひでんか)、お目覚めですね。よかった」  閨の入り口で善蕉風(ぜんしょうふう)が拱手礼をしている。穏やかな笑みを称えながら「よっこらせ」と仔空の寝台の近くに座り込んだ。 「仔空妃殿下。おめでとうございます。貴方様の番は皇帝陛下となりましたよ」 「……え……?」  善蕉風の言葉が理解できなくて、素っ頓狂な声をあげてしまった。確かに昨日、仔空は玉風を目の前にして発情をした……それと何か関係があるのだろうか。  話の続きが聞きたくて思わず体を乗り出した。 「昨夜、雨の中白い光る蝶々に触れませんでしか?」 「どうしてそれを?」  目を見開く仔空を見て、善蕉風がニコッと笑う。 「古来より、蝶々は大変縁起のよいものとされてきました。鬼神(きじん)の目を持つ者は、白く光る蝶々が舞う雨の日に、その力を発揮すると言われています。蝶々に触れた鬼神は幸せを呼ぶ……そう古い書物に書き記されておりました」 「幸せを呼ぶ……」 「左様でございます。仔空妃殿下は、陛下とご自分の為に幸せを運んでいらしたのですね」  その言葉を聞いた仔空の目頭が熱くなる。  ずっと忌み嫌ってきた鬼神の力。その力でようやく心から幸せにしたい人と、自分自身を幸せにすることができたのだ。 「それに、仔空妃殿下は香霧(コウム)と番になるまでに出会っていたのですよ。陛下という『運命の番』と。『番』を『運命の番』をもって超えたのでございます」 「運命の番……」 「左様。運命で結ばれた坤澤(オメガ)渇元(アルファ)は、生まれた瞬間から何にも負けない強い絆で結ばれているのかもしれません」 「そうですね……僕もそう信じています」  仔空の頬を温かな涙が伝った。 「きっとこれからも、皇帝陛下に寵愛された坤澤は、この帝国に幸福をもたらしてくださることでしょう」   善蕉風がもう一度深々と拱手礼をする。でもその姿が、仔空には滲んで見えた。 「仔空妃。これからはずっと一緒だ」 「はい、陛下」  仔空は玉風の胸の中に飛び込んだ。

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