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新しい命②
「母様 、母様」
「おやおや、また泣いているのですか? ほら、こちらへいらっしゃい」
「はい」
回廊を泣きながら歩いてきた少年に笑顔で手招きをしているのは、若い男だった。しかし外見は女性のように美しく、微笑む姿はまるで天女のようだ。
男の彼が「母様」と呼ばれているのだから、恐らく坤澤 なのだろう。項には噛み跡が刻まれていた。
彼は少年をヒョイッと抱き上げると、懐から取り出した絹織物の布で涙を拭ってやる。拭っても大きな瞳には、すぐに涙がたまってしまった。
「皇太子殿下とあろう人が、いつもメソメソしていたら皇帝陛下に笑われてしまいますよ?」
「だって、また家来達に坤澤だって馬鹿にされました」
「そんなことをまた気にしているのですか? 僕だって坤澤ですよ」
「それだけじゃありません。僕の瞳はなんで翠色なんですか? みんなが鬼神 の生まれ変わりだって気持ち悪がる……呪われるから傍に来るなって陰口を言っているのです」
「それは可哀そうに」
「僕、こんな目は嫌いです」
青年が溜息をつきながら外を見れば、雨がシトシトと降っている。最近は雨が多いから、王宮に植えられた満開の桜が散ってしまうかもしれない。それが心配だった。
しかし、桜が散った後には美しい新緑の季節が巡って来る。
決して止まることのない時間。こうして、この魁帝国 は栄え続けてきたのだ。
「太子。この国の皇帝陛下は、昔から妃を一人しかとらないことは知ってますよね?」
「はい。父様のお妃も、母様一人だけです」
「今日はそのお話をしてあげましょう。なぜ、この国の皇帝陛下は、妃を一人しかとらないのか……これは昔々に、本当にあったお話です」
「昔話ですか?」
「ええ」
青年に抱き抱えられた少年がキラキラと目を輝かせる。いつの間にか涙も止まっていた。
「今から何百年も昔、この王宮に仔空 と呼ばれた美しい坤澤がいたのです。仔空の瞳はそれはそれは綺麗な翠色をしていたそうですよ」
「翠色の瞳……?」
「そう。貴方と同じです。仔空は不幸な生い立ちを抱え生きてきましたが、ある日『運命の番』として当時の皇帝陛下に見初められて、この王宮に嫁いできたのです」
「運命の番……。それから? 仔空はどうなったのですか?」
「仔空はね……」
【本編完 番外編へ続く】
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