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愛しき皇帝陛下④

「抱きたくなるから……」 「…………」 「其方を見かけるだけで体が火照り、抱きたいと思ってしまう。しかし、善蕉風(ぜんしょうふう)から其方は体調が悪いと聞かされていたし、しばらくは其方を抱かないようにと言われている。しかし、俺は生まれてきてから今まで、我慢なんてしたことがないのだ。だから、どうすればよいかがわからなかった」 「陛下、だから僕に会いに来てくれなかったのですか?」 「そうだ、すまない」  玉風(ユーフォン)が我慢できないといった風に仔空(シア)の手をとり、そっと口付ける。 「かといって、其方を抱きたいという素振りを見せれば、『ならば新しい妃をめとればいい』と宦官(かんがん)共が騒ぎ出すのなんて目に見えている。だから、其方に会いたいなどという素振りを一切見せずに、こうやって皆が寝静まった頃に其方の様子を見にきていたのだ」 「そうだったんですね」 「俺は、其方以外の妃を迎え入れようなんてこれっぽっちも思っていないのだから。しかし、昨夜だけは我慢しきれずに其方に触れてしまった」  玉風が申し訳なさそうに目を伏せた。  城中の人間がどんなに警備を強化したところで、謎の間者(かんじゃ)が捕まるはずなどない。なぜなら、その正体はこの城の全てを知り尽くした皇帝陛下なのだから。そう考えると可笑しくなってしまう。  ――なんて可愛らしい皇帝陛下なのだろう。  堪えきれずにくすくすと笑えば、玉風が頬を赤らめながら仔空を強く抱き締めた。 「こんなに可愛らしい其方を目の前にして抱けないなんて……まるで拷問だ」 「陛下、僕は大丈夫です。最近は体調が良くなってきたので、どうぞお抱きください」 「駄目だ! 其方に負担をかけることなどできるはずがない。それに、腹の子だっていい迷惑だろう?」  そう言いながら、仔空のお腹をそっと撫でる。その表情はひどく穏やかで、仔空の胸が熱くなった。あの我儘で子供のような皇帝陛下が、我が子を思う父親の姿に見えたことが嬉しかったのだ。 「大切にしたい、其方も、我が子も……」  優しく髪を撫でる玉風の大きな手が気持ちよくて、そっと目を閉じる。こと切れるかのように眠った昨夜、ずっと傍にいて背中を擦っていてくれたのはやはり玉風だった。そう、あれは夢ではなかったのだ。 「陛下ありがとうございます。僕は幸せです」 「仔空……俺は其方を心の底から好いている。だからこそ、どうしたらいいのかがわからなかったのだ」  なんて不器用なのだろうか。これまで他人を愛したことのなかった玉風が見せる、そんな一面がたまらなく愛おしい。玉風の背中に腕を回しギュッと抱き締めた  その瞬間、白檀の香りがフワリと香る。懐かしくて大好きな香り……。愛しい玉風の匂い。仔空はその香りをそっと吸い込んだ。  もしかしたら、善蕉風に白檀のお香を持ってこさせたのは玉風かもしれない……そう仔空は思う。玉風が仔空の閨に来た時に、その香りで正体がばれてしまないように、と。 「仔空皇后。寒桜が綺麗に咲いている。体調がよいなら、少しだけ一緒に見ないか?」 「はい」  玉風は自分が着ていた上着を脱ぎ、仔空の肩にかけてくれる。そっと手を握られ庭へと向った。  空からは白い蝶々がヒラヒラと舞い降り続けている。それは、仔空と玉風が番になった日に見た、あの蝶々のようにも見えた。寒桜の可愛らしい花が静かに二人を出迎えてくれる。 「不思議だな」  静かな空間の中に玉風の低い声が響く。仔空はそっと顔を上げた。 「もう少ししたら、俺と仔空皇后の間に小さな子供がいるなんて。自分が父親になるなんて、想像もしていなかった」 「陛下……」 「元気な子を産んでくれ」 「はい」  照れたようにはにかむ玉風にそっと笑いかける。愛しさが心の中から溢れ出してしまい、そっと逞しい腕に体を寄せる。静かに幸せを噛み締めた。 「あの、陛下。最近は体調がいいんです。だから……」 「だから?」 「そっとなら、大丈夫だと思います」 「仔空皇后……」  ――自分はなんてはしないことを口にしたのだろう……。 頬が火照ってきたから慌てて視線を逸らす。しかし満面の笑みを浮かべる玉風に、顎を捕らえられ唇を奪われてしまった。 久しぶりに感じる玉風の柔らかい唇に、体の奥に熱が灯るのを感じる。 「なら、そっと抱くとしよう」 「わッ!」   突然体がフワリと浮き上がり、玉風に抱えあげられた。 「ふふっ。慕っておるぞ、仔空皇后」 「僕も陛下をお慕いしております。あ、はぁ……陛下……んん……ッ」  静かに唇が重なり、仔空の甘い吐息が夜の世界に溶け込んでいった。  ――数か月後。仔空は玉のような男の子を出産する。魁帝国は例に見ないほど盛り上がりを見せ、皇太子誕生を祝福したのだった。 ◇◆◇◆ 「太子は歩くのが上手になりましたね」 「そうか? こうもちんたら歩かれると、なかなか先に進まないでないか?」 「陛下、太子はまだ速くは歩けないのです。仕方ないでしょう?」 「はぁ?」  そう言いながらも太子の手を離さない玉風を見ると、「あの玉風も父親になったのだな」と胸が熱くなる。あの我儘で自分勝手で、子供のようだった皇帝陛下が……。  玉風の左手、そして仔空の右手を小さな手で握り締め、楽しそうに歩く我が子を見ると幸せで胸がいっぱいになった。 「それに……」 「それに、なんですか?」  大きな溜息をつきながら仔空を不満そうに見つめてくる玉風に、思わず眉を顰めた。 「太子が真ん中にいると仔空皇后と手が繋げないではないか? ほら、太子よ、こい」 「わぁ! 父上、高い!」  玉風がキャッキャッと笑う太子を軽々と抱き上げる。それから少し照れくさそうな顔をしながら仔空に向かって右手を差し出した。 「ほら、仔空皇后。こっちの手が空いているぞ」 「はい、陛下」  差し出された手をギュッと握れば玉風がフワリと笑う。  仔空は言葉にならないほどの幸せに包まれた。 

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