37 / 57

失踪1

 早いもので樹くんと結婚して三年が経った。相変わらず樹くんは甘くて優しい。幸せな結婚生活、と言えるのだと思う。 「ただいま」  時刻は十九時半。樹くんの帰宅にしたら早いだ。  営業から始めた樹くんは、今は係長になり、一日中外に出ることは少なくなった。その代わり、他の社員のことをしっかり見なければいけない立場になった。そして、束ねていかなければいけなくなった。それは大変なことだと思うけど、将来はもっと規模の大きい立場になるのだから、小さいところから慣れさせているのだろう。 「早かったね」 「打ち合わせが早く終わったからね。早く帰れるときは帰らないと。帰りたくても帰れない日もあるんだから」 「そうだね。もう食べる? お風呂にする?」 「んー。先に食べる。今日のメニューなに?」 「今日はロールキャベツだよ」 「お、久しぶり。着替えてくるね」  夕食を済ませて、コーヒーを飲みながらソファで他愛もない話をする。なんでもない日常が僕にとっては最大の幸せで壊したくないものだ。 「今度の日曜日、父さんの誕生日なんだ。だから、夕方、実家に少し行くけどいい? アフタヌーンティーしようって母さんが言ってる」 「うん。わかった。何かプレゼント用意しなきゃね」 「何もいらないでしょ。何でもあるんだし」 「そうもいかないよ。何か考えとく」  お義父さんもお義母さんも優しくて好きだ。だから会いに行くことは決して嫌ではない。実際、たまに行っては一緒に食事をしたりしている。だから、今回行くのも構わない。  ただ、最近はひとつ気がかりがあって、少し足が重くなる。決して嫌がらせをされたりとか、そういうのは一切ない。逆に、とても良くしてくれる。申し訳ないほどに。  その気がかりは、まだ妊娠しないこと。実は一年半ほど前に父から電話があり、その後も数回電話がある。用件は、連絡がないが妊娠はしたのか、ということだ。  加賀美の長としては、偶然とはいえ加賀美のオメガとして嫁がせた。そうしたら結びつきをより強固にするために、オメガに望まれるのは子供だ。  もともとオメガは出産率が高いことから、オメガを望まれる場合がある。しかも今回はKコーポレーションの跡取りである樹くんの子供だ。つまり将来の社長になる子供だ。なので、その子供を望まれるのは当然だ。お義父さんやお義母さんは口にしないだけで望んでいるだろう。なのに僕は妊娠しないのだ。  ヒートのときは当然、避妊はしていない。なのにできないのだ。これを聞いた父からは罵声を浴びせられた。出来損ないのベータはオメガになっても出来損ないなのか、と。  本当に父の言う通り出来損ないのオメガかもしれない。そう思うと、如月の家に行く足は重くなってしまうのだった。

ともだちにシェアしよう!