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第31話

昨夜は何もしなかったからか、 早朝に目が覚めた。 昨日の分も働かなきゃいけない。 そう思ってそっと布団を抜け出そうとする。 「わっ!?」 腕を急に引かれて僕は布団に逆戻りした。 「スイは学ばないな。 朝方に帰るなと言っただろう」 「お、起きていらっしゃったんですね。 でも、昨日は何もできなかったので 今日は朝から仕事をしないと…」 そう言って腕から抜け出そうとするが 全く解けない。 むしろ力が込められた。 「スイの最優先の仕事はここにいることだ。 もう少しここにいろ」 「えっ…、えっと…」 なんとか主様を説得しようとして 考えを巡らせていると 頭上から寝息が聞こえ始めた。 主様…、また寝てしまったんだろうか? 起こすのは申し訳ない。 悩んだけど、これが最優先と 主様がおっしゃるなら そうなのだろうと渋々納得して 僕は抵抗するのをやめた。 こんなことが仕事で良いんだろうか? 主様は人離れした外見をしているけど こうしていると温かい。 それに、良い匂いがする。 主様の寝息に釣られるように 僕もスヤスヤとまた眠りについてしまった。 次に目を覚ますと、僕は 主様の部屋に1人だった。 あれ?いつもは僕を起こしてから お仕事に向かうのに。 っていうか、今何時だろう… 部屋の置き時計を見て慌てて飛び起きた。 お昼過ぎてる!? 急いで服を着替えて自分の部屋に戻り、 食堂の方へ降りていくと斎田さんに会った。 「斎田さんっ、すみません。 僕、今まで寝ていて」 「いえ。主様が寝かせておけとおっしゃっていましたので大丈夫です」 「今日は何かあったんでしょうか。 いつもは起こしてからお仕事に向かわれるので…」 「ああ…。ええと…」 斎田さんの歯切れが悪くなる。 たまたまではなくて何かあったんだろうか。 「斎田さん。長嶺の社長とご令嬢が到着されたようです」 別の使用人の人が急ぎ足で伝えに来た。 長嶺の社長とご令嬢? 来客だろうか。 「そうですか。来客室に旦那様と社長、社長夫人がすでに待っておいでですから そちらに通してください。 私も後でご挨拶に伺います」 「かしこまりました」 そういうと、使用人はまた来た道を 走って戻って行った。 どうやら来客みたいだ。 しかも、主様のご両親ももてなすようだ。 相当な格式の方がいらっしゃったんだろう。 寝ていたのが恥ずかしい。 「スイさん。とりあえず、私や旦那様はバタバタしておりますので、 お身体が辛くなければまた郵便の仕分けをしていただけないでしょうか?」 「分かりました。お忙しいのにすみません」 僕は斎田さんに頭を下げると 仕事場に向かった。 主様も終日忙しいんだろうか… この日の夜、僕は初めて主様に呼ばれなかった。

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