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第32話
なんだか良い夢を見ている気がする。
すぐそばに主様がいて、
頭を撫でられているような…
目を覚ますとそこは自分の部屋で
当たり前だけど主様はいない。
そうだ…
僕は主様の部屋に呼ばれていなかった。
呼ばれるかなと思って
一応深夜まで起きてはいたけれど
1時を過ぎたあたりで諦めて
布団に入ってしまったんだ。
そして案の定、呼ばれなかった。
がっかりとしながら身を起こす。
ふと、主様の匂いがした気がした。
もう一度、息を吸うけど匂いはしなかった。
幻覚ならぬ幻臭がするなんて…
主様と朝を迎えることに慣れ過ぎてしまった。
ちょうど使用人が朝食を食べる時間だったので
僕は支度をして、朝食をとり、
朝から仕事場に向かった。
集中して仕分け作業をし、
ついでに少し翻訳をつけてみた。
これで主様の仕事が楽になったらいいな。
仕分けが終わったら、お掃除の仕事も
任せてくださいと言いに行こうかな。
仕事を始めて2時間くらいが経った頃、
地形をしている部屋の扉が開かれた。
「あら?ここじゃなかったかしら?」
「えっ…」
斎田さん以外の人がこの部屋に来るのは珍しい。
扉を開けたのは綺麗な若い女の子だった。
「あ、えっと、ここは手紙の仕分けをする部屋です」
不思議そうな顔を僕に向けるその人に
しどろもどろに説明をする。
女性と話したことがあまりない僕にとって
その女の子は麗し過ぎた。
「そうなんですね。お邪魔してすみません。
少しお手洗いをお借りしたら、元いたお部屋がわからなくなってしまって…」
しょんぼりとした表情を浮かべる。
「僕がご案内できたら良かったのですが…
あいにく、ここに来たばかりで…
あ、斎田さんを呼んでみます!」
「斎田さん?あ、執事の斎田さんね!
彼なら私も知っているわ!」
明るい顔になったことに安心する。
さて、斎田さんを探しに行こうかと
席を立ったところで廊下から足音がした。
「ルリコさん、こんなところにいたんですか」
「あら!啓(ひらく)様!」
主様だ。
美少女に敬語を使い、恭しく手を取る主様は
僕が知っている彼よりも紳士的だった。
手を取り合い、見つめ合う2人は
とても美しかった。
立ち尽くす僕と主様の目が合う。
「スイ?そうか、ここがスイの仕事場か。
朝からありがとう」
「いえ」
にこやかに僕に笑いかける主様。
僕に向けたもの、というよりは
美少女…、ルリコさんが見ているから
そうしているように見える。
もしかして、ルリコさんは
主様の大切な人、なんだろうか?
高嶺のご令嬢はきっと彼女で、
大切な人がいるから僕は呼ばれなかった。
きっとそういうことなのだろう。
胸がズキリとした。
苦しい。
美しい2人を見ることが辛い。
どうしてだろう。
「ルリコ様、お父様が探してます。
先ほどのお部屋に戻りましょう」
「道に迷ってしまっていたんです。
探しに来てくださってありがとうございます」
2人は再度、微笑み合うと
僕にヒラリと手を振って部屋を出て行った。
しばらくの間、呆然としていた。
僕の夜のお仕事がなくなったから
きっとこんなに寂しいんだ。
もう僕が主様のお部屋に呼ばれることはないかも知らない。
その事実がとても苦しい。
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