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第44話
絶望していても、朝は来るもので
僕はのろのろと布団から起き上がる。
夜のお仕事もないので、
日中はしっかり働くつもりだった。
仕事前に岩崎さんを捕まえ、
「主様は長嶺様のところへ向かったのでしょうか?」と聞く。
「スイさんに伝えてなかったのですね。ええ、その通りです。旦那様のご両親もご一緒に向かわれました」
と、ご丁寧に教えてくれた。
「それがどうかなさいましたか?」と聞く岩崎さんに「いえ!なんでもないです」と言いながら、その場を後にした。
分かってはいたけど、いざ事実と分かると
胸が苦しくて涙が出そうだった。
人があまり通らない廊下まで来て、
周りを確認した後、座り込んだ。
「うっ…うぅ…」と嗚咽が漏れる。
泣いている場合なんかじゃないのに。
もう直ぐ、仕事の時間だ。
「あれ?啓のお気に入りくんじゃん」
と、間の抜けた声が聞こえて僕は顔を上げた。
そこには、何度か顔を合わせた主様の友人の西条さんがいた。
西条さんは主様のご友人で
何度かお茶を飲みに来ていた。
おそらく、お仕事の話もしていたと思うけど
それよりももっとラフな関係だと思う。
「あれ?西条様…?今日、主様は外出していて…」
「うん。知っててきたもん。君の顔でものぞいておこうかな〜っと思って。
期待通り、面白いものが見られたけどね」
「あ、す、すいません!」
僕は慌てて立ち上がり、顔を雑に拭った。
こんなところを西条さんに見られた上、
主様に報告でもされたら困る。
「何?他の使用人にでもいじめられた?」
「違います!そんなことする人いません!」
「じゃあ、なんで?」
「えっと…、目にゴミが入っただけです!
僕、お仕事があるので」
「ああ、それなら、岩崎さんにスイくんは俺の相手をして貰うから貸してねって言ってあるよ。お茶でも飲もうよ」
「えっ?でも、そんな…」
「いいじゃん。それとも、啓にスイくんがこんなところで泣いてたよって連絡しようか?」
「ダメです!あと、泣いていません!」
「まあまあ、その話をしようよ。ほら」
強引に西条さんに引っ張られるようにして
僕はいつも西条さんを案内する客室に連れてこられた。
この西条さんと言い、学者?の帯刀さんといい
主様のご友人は変わっている人が多い。
西条さんもかなり大きな財閥の長男だと聞いた。
主様とは同級生らしい。
なんと、僕の兄も。
2人から見た僕の兄は嫌なやつだったらしく
あまり関わりがないとはいえ申し訳ない。
客室に連れ込まれ、西条さんは慣れた感じで
ハーブティーを持ってこさせた。
本当に我が物顔で東堂家に出入りしている。
「このハーブ、リラックス効果があるから
今の君にぴったりだと思うよ」
と、お茶を勧めながら僕の背中をさする。
もう泣いてないから大丈夫なのに。
「で、なんで泣いてたのかな?」
僕の顔を覗き込んだ彼は、
心配しているようには見えない。
絶対、今の状況を楽しんでいる。
それでも、主様のように感が鋭い彼に
上手い嘘を言うことが出来そうにもなく
仕方なく理由を伝えた。
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