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第57話
「ひとまず、これで挨拶は終わった。
スイ、お腹空いてないか?
何か料理でも…」
と、主様が言ったところで
「啓、私たちへの挨拶がまだじゃないの?」
と、初老の夫婦が声をかけてきた。
どことなく、主様に似ている…
ということはご両親!?
先ほどまでとはまた違う緊張が走った。
「は、初めてお目にかかります。スイと申します」
僕は深々と頭を下げた。
「あら、こちらがスイちゃん?
初めまして。
あら、やっぱりこのくらいのデザインで正解よ!よく似合ってるわ!」
と、お母様の方が矢継ぎ早に話す。
「君が…。なるほどな。よろしく頼むよ」
お母様のテンションとは一転して、少し僕を値踏みするようなお父様。
長嶺家との関係を主様から少し聞いていたから、
ルリコ様を断ってまで選んだ相手ということで
警戒されるのもわかる気がする。
本当に僕も何でここに立っているか分かりません。
「紹介が遅れて申し訳ございません。
あれから今日まででこれくらいスイは成長したんです。
よく頑張っています」
同意を求めるように主様が僕に目を向ける。
「素敵な講師様を呼んでいただいていますので、とても身になっています」
と、僕は慌てて頭を下げた。
「披露宴じゃないんだから、そんなに固くならないで。啓と楽しんでらっしゃいね」
「はい!」
「啓。少し話がある」
「え?」
お父様が言い、主様は不安そうな顔で僕を見た。
「あ、あっちのバルコニーにいますから、僕は大丈夫です」
と、僕は邪魔にならなさそうなスペースを指さして言った。
待つくらいどうということはないし、
むしろ歩き回らなくて良いなら好都合だった。
「そうか。それじゃあ、そこにいてくれ。
誰かにダンスに誘われたりしても、私がいると言って断っていいからな」
と、主様は言うと、ご両親と連れ立って会場から出て行った。
かく言う僕は、主様のご両親から解放されて
緊張が一気に解ける。
ああ、緊張した…
ルリコ様を断ってまで選んだ相手、というレッテルが貼られているのも相まって、
その辺のお偉いさんと話すよりも緊張する。
僕は転ばないようにゆっくりと人並みを縫い、
バルコニーに出た。
繋がっているとはいえ、そこに出ると
会場内の話し声や曲が少し遠くに聞こえて
夜の風も感じられてとても安心した。
ここで主様と話すだけで時間がすぎるなら、どれほどいいだろう。
やっぱり僕には、貴族や財閥の一族という言葉が似合わない。
それを僕の父は見抜いていたのかもしれない。
ボーッと暗い外を眺めていると、
「お一人ですか?」という声が聞こえた。
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