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第58話

振り返ると、日本人にしては珍しく 髪の色が明るい茶色の爽やかな 見目麗しい男性が人の良さそうな笑みを浮かべて立っていた。 「いえ。パートナーを待っているところです」 「そういうことですか。良かったらご一緒に、と思ったんですが…、お相手がいらっしゃるなら難しいですよね」 「ええ…」 言い寄られた経験のない僕は どう対応していいか分からず なんとか口角を上げて頷いた。 「それじゃあ、そのお相手が戻るまで 僕とお話ししませんか?」 「え?」 「なんというか…、その、貴女みたいな方、見たことがなかったので」 「ああ…」 きっと僕の髪や目の色が気になるのだろう。 「こんな見た目ですけど、生粋の日本人なので何も面白くないと思います」 「面白いだなんて思ってないです。 ただ、とても綺麗だと思ったので」 「え…?か、変わってますね」 面と向かって褒められると顔が赤くなる。 綺麗だなんて言ってくれたのは 主様とこの人くらいだ。 東堂家の使用人の人たちは、僕の見た目には 少し気にしている様子はあるけど 基本的に無関心な気がする。 だから忘れかけていたけれど 今日の他のご令嬢の反応を見るに やっぱり僕の見た目は変だ。 それでも、誰かの目には良く写っているのだろうか。 「そうですか?お相手の方も、きっと美しいと思っていらっしゃると思いますよ」 「それは…、そうかもしれません。 もの珍しいから、僕はここにいるのかも」 「…僕?」 「え、あっ、私は、珍しいから…、たいしたことない人間なのに」 「ふふっ。そんなことないですよ。 きっと、目や髪が黒くても、貴女は美しかったと思います」 「えぇ…」 クセで僕と言ってしまった時は焦ったけど 今度は別の意味で困ってしまうような言葉の嵐に汗をかく。 は、早く主様に帰ってきてほしい。 「あの、お名前だけでも教えていただけないですか?」 「名前?」 「僕はタチバナと申します。貴女のお名前は?」 「ス、スイです」 「スイ…、さん。珍しいお名前だ」 「翡翠のスイです」 「なるほど。それはぴったりな名前ですね。 絶対に忘れないです」 「え、ええ、はい」 あまりにまっすぐな目で「絶対に忘れない」なんて言われてドギマギする。 主様ほどの完璧な美しさはないけれど タチバナさんには親しみやすい美形という感じです少し絆されてしまいそうになる。 「僕のことは放っておいて」と突っぱねるのも悪い気がしてしまう。 「やはり、一曲でいいので踊っていただけないでしょうか?記念に、で構わないので」 所在なさげにお腹の前で組んでいた手を掴まれ、タチバナさんに口付けをされる。 シルクの手袋越しにタチバナさんの柔らかくて温かい唇を感じた。 こんなことされたの初めてで 「えっ!?ちょっ…」と僕はあたふたした。 「ダメですか?」 手の甲に口付けをするために床に膝をついて 僕を見上げる体勢のタチバナさんが 上目遣いで捨てられた犬のような顔をしている。 「ダ、ダメです。パートナーがいるので」 「パートナーではなく、スイさんの気持ちで応えてほしいです」 「いや、ぼ、私は…ー」 私は、主様のことをお慕いしているので、 と言いたかったが言葉が紡げない。 タチバナさんと見つめ合っているとバルコニーのドアが開いた。

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