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第59話
「あ、ここにいたのか」
西条さんだ。
西条さんもこの社交会に参加していたんだ。
タチバナさんは床に膝をついたまま僕と西条さんを交互に見上げている。
そろそろ立ち上がってほしいんだけど。
「啓のやつ…、バルコニーにいるって言われてもさ、何個もあるんだよ。
大事に至る前に見つけられて良かったけどさ。
さ、スイちゃん、戻ろう」
西条さんが何かをぶつぶつと言って
僕に近づいてきたかと思ったら
手を差し出してきた。
「え?」
タチバナさんのこと、見えてないの?ってくらいガン無視を決め込んでいる。
「きみは、スイさんのお知り合いかな?」
タチバナさんがようやく立ち上がって言う。
「スイちゃんの婚約者の友人だけど?
迎えにきたから返してもらっていいかな?」
いつになくトゲトゲしい西条さん。
そんな言い方、失礼じゃない!?
と、1人で焦っていると
「はぁ。今回は諦めるよ。
スイさん、またどこかでお会いしたら
今度こそ、僕と思ってくださいね」
と、最後にまた手に口付けをして、西条さんが開けたドアから会場に戻って行った。
「スイちゃん。いくらなんでも隙がありすぎなんじゃない?」
普段は飄々としつつも、優しい雰囲気の西条さんが厳しい目で僕を見る。
「ご、ごめんなさい。その、こう言う時、どうしていいか分からなくて」
「まあ、スイちゃんの経験値が低いのは知ってるけどさ、俺が来なかったらどうする気だったの?」
「それは…」
あのままだったら、どうしていたのだろう。
とりあえず、一曲なら…と踊ったかも?
「放置した啓も悪いけどさ、婚約者が他の男と踊るなんてダメだよ。
啓に殺されちゃうよ(俺が)」
「ご、ごめんなさい。本当に気をつけます」
「うん。社長との話が終わったらすぐ戻るって聞いたから、会場見ておく?」
「え?」
「せっかくだから、色んな人のダンス見たり、ご飯食べたりしよう。空気感だけでも楽しんでおこうよ」
「は、はい。でも僕、うまく歩けなくて」
「そこは俺がエスコートするから任せてよ。
ここにいる人は俺と啓の仲の良さを知ってる人ばかりだから勘違いされないよ」
言うや否や、西条さんは僕の腰に手を当てて
ドアに向かって歩き出す。
あ、ぴったりくっつくと歩きやすいかも。
主様が戻ったら、この歩き方を提案してみようかな。
ダンスもこうしたら、なんとか踊れるかも。
でも、こんなにくっついたら緊張しちまうかな。
そんなふうに考えながら、西条さんと会場内を歩いて、気になる料理があれば食べてみる。
まだ17歳だけど、西条さんから「1〜2杯なら変わらないでしょ」とお酒も持たされた。
口に含んでみたけど、なんだか少し苦いシュワシュワした飲み物だった。
あまり美味しくは感じないけど、
華奢なグラスに入った琥珀色の飲み物を飲んだことで少し大人になった気もする。
「気に入った?これはシャンパンだよ。ウェルカムドリンクだからここにあるのはそこまで高いやつじゃないけど。
言えば別の良いのを出してもらえるけど要る?」
グラスを眺めていたら、西条さんが聞いた。
「いえ!ここにあるもので十分です」と
首を振った。
社交会の華やかな雰囲気に、普段の食卓では高いようなパーティメニュー、それにお酒…
なんだか気分が高揚してきて、早く主様が戻ればいいのにと、僕は思った。
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