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第60話
ドレスのコルセットがきついこともあり、
なかなか食が進まずグラスを片手に
西条さんとダンスを眺める。
講師の先生から立ち振る舞いは教えてもらっているけれど、
実際に踊る人を見ているとかなり勉強になる。
より美しく見える動作とか
相手を引き立てる足運びとか…
僕があまりに食い入るように眺めているので
西条さんが「一緒に踊る?」と聞いてきた。
僕は、一瞬迷ったけど
「主様と踊るので大丈夫です」
と答えると
「正解」と言って笑ってくれた。
立っているだけなら平気だと伝えたけれど
西条さんは僕の腰をずっと支えている。
普通の男女はこんなに距離感が近いものなのだろうか?
向こうから主様が来るのが見えた。
もうお話は終わったらしい。
ご両親は一緒じゃないみたい。
目が合うとズンズンと長い足でこちらに向かってくる。
威圧感がすごいなぁ
と思っていると、ぐいっと腕を引かれた。
予想だにしなかった僕はバランスを崩して
主様の方へ倒れ込む。
危うく足を挫くところだった。
慌てて体を起こそうとすると、
それを制するように主様は僕に腕を回した。
「え?あ、あの」
慌てて腕の中から出ようとするが
力を込められて出られない。
「西条。スイを見てくれたのは感謝するが、距離感を履き違えてないか?」
「はぁ?誰かさんがスイちゃんにそんなもの履かせるからでしょ。
わざわざドレスなんか着せちゃって、目立つっつーの。現に、声かけられてたし」
「声を?どこの誰だ」
「知らないよ。自分で探せば。
じゃ、俺はここで。
スイちゃん、またね」
主様と西条さんの空気が一瞬、ピリッとしたけど
西条さんは明るい口調に戻ると
僕に手を振ってどこかへ行ってしまった。
「あ、ありがとうございました」
僕は慌てて声をかけた。
主様の腕の間から西条さんの後頭部が見えた。
色々と案内してもらえたし、エスコートもしてもらって、頭が上がらない。
今度お茶に来たら、ちゃんとお礼を言わなきゃ。
「あ、主様?お話はもう終わりましたか?」
「ああ。…、それとここでは名前で呼んでもらおう」
「わ、わかりました」
まだ慣れてないけど、流石にここで「主様」と呼んでしまうと、僕が使用人であったことがバレてしまう。
使用人を社交会に連れてくるなんて、と白い目で見られてしまうかもしれない。
恥ずかしがっている場合じゃないぞ。
「それはそうと、声をかけられたのか?」
「いえ!お1人だけでしたし、僕が1人で来ているように見えたから、声をかけたようでした。
だからその、なんでもないですよ!」
「そうか」
「それより!僕、ちゃんと歩ける方法が分かったんです。こうすると…」
そう言って僕は主様の横に立って体をくっつけた。
「で、啓様に腕を回してもらうと…、
見てください!こんなに安定するんです!」
やっぱり主様が相手でも安定感がある!と
僕は嬉しくなり、主様を見上げる。
と、当たり前だけどとても近い位置に
主様の顔があり、顔に熱が集まる。
「す、すみません。近いですよね」
少し距離を取ろうとすると、
回した腕にぐっと力を込められた。
「西条ともこうしてたと思うと
とても腹が立つが、
スイからこうされるのは悪い気分ではないな」
耳元で主様の声が響く。
くすぐったさと恥ずかしさで、僕はたじろいだ。
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