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第61話

「やっぱり今すぐ帰ってしまおうか…」 と主様は悩ましげに呟いた。 「え?やっぱりこうやって歩くのは啓様に負担かかりますか? あの、ぼ…、私、1人でも歩けるので」    僕は慌てた主様から距離を取ろうとする。 と、離れないようにとさらに引き寄せられた。 「違う。先ほど両親から会が終わるまで、帰らないようにと言われたんだ。 今すぐにでも帰ってスイと2人になりたいんだが」 「へ…?!」 僕は顔が真っ赤になる。 が、僕と2人になりたい、というのは 僕が思うような意味ではなくて 社交会の場が疲れるという意味なのだろう。 言い方ってものを考えていただかないと 僕が勘違いしてしまう。 緩みそうになった顔を引き締めて 「踊りませんか?」と主様に言った。 すぐに帰れないのであれば 少しでも楽しんだ方がいい。 ドレスで踊るのは怖かったけど 経験しておきたかった。 主様は驚いた顔をしたけれど すぐに破顔し、 「ちゃんとエスコートしなくてはな」 と僕の手を取って、ダンスをする人たちの輪に引き込んだ。 とても自然な動作でダンスの輪に入る。 上手な人って踊り始めるのも上手なんだと感心しつつも、主様に恥をかかさないように集中する。 「しっかり練習しているんだな。 あれだけの期間で、こんなに踊れるのは頑張っている証拠だ」 「あ、ありがとうございます。 でも、ついていくので一杯一杯です」 「楽しめるくらいまでになれたら スイも一人前だ」 「はい。もっと頑張ります」 「…、無理はしすぎないでくれ」 「?はい。」 あれだけにこやかだった主様の顔が曇る。 主様は僕が頑張ろうとすると 止めようとしてくる。 なんでかは分からないけれど 僕が主様の隣に立つには 並大抵の努力では無理だ。 他人より劣っている僕なのだから 他人よりも頑張らなくては追いつかない。 ましてや相手は完璧な主人様なのだから。 結論から言うと、ダンスは楽しかった。 初めはミスしないようにと緊張してたけど 主様のエスコートもあってか 思ったよりものびのびと踊れた。 0時が近づいてくると 来賓の方々も帰り始め、 日付が超える少し前には社交会が 無事に終了した。 「やっと終わったな。帰るぞ」 と、主様が早々に馬車へ向かう。 相当お疲れのようだ。 馬車に乗ると、僕もどっと疲れが押し寄せた。 何より、ヒールを履いていた足が痛い。 座ることでようやく自重から解放された。 足を確認すると、ところどころ擦れて水膨れになっているようだった。 うわ…、破れてるところもある。 今度ヒールを履く時は事前に何か巻いておいた方がいいのかもしれない。 疲れた様子の主様が僕の方に寄りかかってきた。 「あ、主様?大丈夫ですか?」 「ああ。少し肩を貸してもらえるか?」 「ど、どうぞ。おやすみください」 「ありがとう」 そして5分としないうちに 主様の寝息が聞こえてきた。 僕よりも先に眠るなんて珍しい。 やはりとても疲れていたみたい。 馬車の揺れは心地よかったけど 僕は社交会の興奮が醒めなくて 主様の重みを肩に感じつつ 少しずつ東堂邸に近づき、現実に近づいていく窓の外の様子を眺めていた。

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