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第62話

馬車が止まり、東堂邸に着いたので、 僕は少し躊躇いつつも 主様を揺すった。   「主様、着きましたよ」    「んん…」 主様の瞼がゆっくり開き 少しぼーっとした目と目が合う。 「お休みのところすみません。 早くお部屋に行きましょう」 「そうだな」 主様は立ち上がり、僕の手を取る。 が、会場にいたときは立てていたのに 今立ちあがろうとすると足に激痛が走り、 そのまま椅子に逆戻りしてしまった。 「スイ?」 「あ、あれ?すみません」 慌てて立ちあがろうとする僕を制して 主様は跪いて僕からヒールを外した。 「あ、主様、大丈夫ですので! お膝が汚れてしまいます!」 主人になんてポーズさせてしまったんだと 焦って立ち上がらせようとするが 主様はテコでも動かない。 「スイ、なんだこれは…」 僕のぼろぼろの足を見て 苦虫を噛み潰したような顔をしている。 「すみません。僕、まだヒールに慣れていなくて…、次からは汚さないように包帯を巻いてから履くようにします。これは必ず僕が働いて、買い取っ…」 「そうではない。頼むから、痛い時は痛いと言ってもらえないだろか」 主様は悲痛そうな顔をして言う。 こんなお顔をさせてしまうなんて… と、僕は落ち込んだ。 「…、い、痛くはないです、歩けます。 素敵な靴を汚して申し訳ございません」 「靴などどうでもいい」 そう言うと主様は僕を横抱きにした。 急に足が浮き、僕は慌てて主様の首にしがみつく。 ごとりとヒールが床に落ちる。 「えっ!?あの!大丈夫ですから! ちゃんと歩けますから!」 「こんな状態で歩かせるほど私は冷たくはない。 少し大人しくしていてくれ。 ドレスのせいで少し待ちづらいんだ」 お手を煩わせるわけには!と思ったけど 今暴れたら主様にご迷惑がかかってしまう。 僕は申し訳なく思いながらも 大人しく運ばれる。 いつもよりかっちりと髪をセットした 主様のお顔が横にある。 いつも素敵だけれど、今日も素敵だ。 と、眺めていると 「そんなに見られると困るな」 と、主人様が苦笑した。 視線に気づかれていたのかと顔が赤くなる。 「すみません」 「両手が塞がっていなければ 今すぐにでも腕の中に閉じ込めるのにな」 この状態もそこまで変わらないのでは?と 思ってしまうけれど、黙っておいた。 主様は器用に自室のドアを開け、 僕をベッドの上に下ろした。 そして、斎田さんを呼ぶと 救急箱を持って来させた。 斎田さんが僕の足を診ようとすると、 主様が「私がするから下がって良い」と 斎田さんを退出させる。 主様が消毒薬を手に取ったので、 僕は慌てて「自分でやります」と 消毒薬を奪おうとした。 「痛いのに痛いと言わないスイに任せるのは少し不安だからな。私がやろう」 と、主様は譲らない。 あれよあれよと言う前に足を取られ、脱脂綿を押し当てられた。 神経に直接触れられているような痛みに 「うあっ」と思わず声が出た。 思ったよりも僕の足の傷は深いらしい。

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