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第64話
ひと月が経ち、僕の足はすっかり良くなったし、
ドレスで踊ることもそれほど難しくはなくなっていた。
そろそろ、大きな社交会にも出てみようかという話になった。
もちろん、とても緊張するけれど
実践を経て、さらに講習も積んだから
あの時よりは上手く立ち回れるはずだと
僕は腕試しの場として武者奮いしていた。
あの日と同じようにドレスを着て
セットをしてもらう。
ドレスはもちろん、あの日とは別のものが仕立てられた。
僕はあのドレスが良いと伝えたけど
東堂家たるもの、同じドレスを着て
別の社交会に行くなんて許されないとのこと。
主様が同じスーツを2度と着ないということは、あの場限りの嘘ではなく真実のようだ。
勿体無い…
ただ、東堂という名前に恥じぬためと言われれば従うしかない。
今回も主様のお母様の要望がふんだんに
あしらわれた華美なドレスだ。
それに合わせてヘアセットも派手になる。
社交会に出ることを決めてから
僕は髪を切ることをやめた。
少しずつ髪が伸びてきていて、
もっと伸びたらアレンジの幅が広がると
女中や奥様が盛り上がっていた。
普段の僕は地味な顔にシンプルな服を着ているので、髪が長いとどうも浮いてしまう。
僕に二次性徴が来たら、女の子として生きることになるのだろうか。
主様の隣にいられるのなら…、とも思ったけれど自分の自認している性を否定されるのは辛い。
しかも、二次性徴が来る確証もない。
そんな不安を抱えつつも、
僕は部屋に迎えに来た主様と共に馬車に乗る。
「今日もよく似合っている」
主様は微笑んでそう言ってくれたが
やはり少しモヤっとしてしまう。
主様は僕が女性の姿でいた方がいいんだろう。
会場につき、こないだよりもさらに大きな会場に僕は思わずキョロキョロしてしまう。
「スイ。あまり私から離れないでくれ」
ぐいっと腰を引き寄せられ、思ったよりも主様にくっついてしまう。
「えっ…、あの、こんなに近づく必要があるのですか?」
「…、こないだスイに声をかけた輩がいるかもしれないからな」
「輩って…、そんな野蛮そうな方ではなかったですけど」
「パートナーがいる者に声をかける時点で、私は輩だと思うがな」
「…」
だから、僕が1人で来ていると思ったから、声をかけてきただけなのに…
反論しようとしたけれど、主様がムッとしている様子だったので、口をつぐんだ。
せっかく2人で来たのに、ここで険悪になるのは嫌だ。
「今回は気をつけるので、その、この距離だとご挨拶するときに恥ずかしくなってしまいます」
「…、さらに次回はこの距離に慣れるように練習しようか」
「えっ?ええ!?わ、分かりました」
とりあえず、今日のところは「うん」と言っておくしかない。
主様にエスコートされるがまま、僕はご挨拶回りに付き添った。
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