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第65話

主様がエスコートする通り、順番に参加者に挨拶をして回る。 何人目かの挨拶の時に、主様の挨拶に倣って頭を下げたところで「あ!!」と相手が大きな声を出した。 何事かと思って顔を上げるとあの日の好青年がいた。 名前は確か… 「タチバナ様」 思わず声を漏らすと、彼は 「覚えててくれたんだね! また会えてうれしいよ、スイさん」 と、お得意の人懐っこい笑みを浮かべて、僕の手を取った。 握手…? 僕はどうしていいか分からず、ぎこちない笑みを浮かべていた。 すると、隣にいた主様が僕の肩を引き寄せたのでタチバナさんの手が離れた。 「私の婚約者に何か?」 笑みを浮かべてはいるが心なしか声が低い。 「ああ、なるほど。先日のパートナーというのは東堂様でしたか。 確かに僕には敵わないお相手ですね」 「ああ、貴方でしたか。 うちのスイにちょっかいを掛けたという輩は」 ど、どうしよう… 僕がうまく立ち回れなかったせいで、険悪なムードになってしまっている。 僕がオロオロしていると、タチバナさんが 「スイさんを巻きこんでしまいましたね。 あの日、叶わなかったことをお願いしたくて」 と、語気を緩めて、僕に微笑みかけながら話しかけた。 「かなわなかったこと?」 「ええ。僕と踊ってほしいのです」 「え!?」 あ、主様を前にしてそんなこと言う!? と、僕は混乱した。 「東堂様の手前、僕の誘いに乗りづらいのは重々承知です。 ただ、僕はスイさんの本心が聞きたいのです。 僕と踊りたいかどうかで答えてください」 僕は困ってしまって、主様の顔を見る。 とても苦い顔をしているけど、僕と目が合うと「私もスイの本心は聞きたい」と少し笑みを浮かべた。 僕の本心と言われても… 主様がいらっしゃるのに、わざわざほかの人と踊るなんて考えもしなかったし… それで僕は少し脚色を加えて答えた。 「ぼ…、私は、ある…、啓様のことをお慕いしているので、タチバナ様とは踊れません」 なんとか口調をごまかしながらもお断りした。 「…、それがスイさんの本心ですか?」 僕は頷く。 「相手がタチバナ様でなくとも、 私は啓様以外の方とは踊る気はありません」 タチバナさんの目をしっかりと見て僕は答えた。 これは本心だ。 僕は、どんな場面であろうと、主様の隣にいたい。 主様の許す限りは。 タチバナさんは落ち込んだ顔をして、僕たちに一礼すると踵を返した。 「私たちも少し、外に出よう」 と、心なしか嬉しそうな顔をした主様が僕を会場の外へとエスコートする。 誰かの好意を断るなんて初めてのことで、僕は少し後ろめたい気持ちになった。

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