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第66話
会場の外のテラスのような場所で主様は歩を止めた。
涼しい風が熱くなった頬を撫でるのが心地いい。
「晴れた夜空ってすごく良いですよね」
無言が気まずく思えて、僕はそう言った。
「先ほどの、私を慕っているというのは…、本当か?」
「えっ…」
確かに本心ではあるけれど、そう答えることによって、主様は僕を鬱陶しく思うかもしれない。
下心のない、子供を産む人を妻に、と考えているのであれば僕の気持ちはお伝えしない方がいい。
僕が口ごもっていると、「私はスイの本心が聞きたい」と主様が僕の目をまっすぐに見つめる。
「その…、タチバナ様を断る為に勝手なことを言ってしまいました。すみません」
「つまり、慕っているというのは嘘か?」
主様が悲しそうな顔をしている。
僕の回答によっては、主様が深く傷ついてしまうのではないかと僕は焦った。
でも、主様は一体どちらの回答を欲しているのだろう。
僕は、また口ごもってしまう。
「スイの本心が知りたいんだ」と、主様はまた言った。
本心…、僕は主様の事が好きだし、斎田さんも西条さんも好きだけど…、慕うといわれると本当のところがわからない。
というか、僕ごときが主様のような人を慕うだなんて、身分が違いすぎると思うし…
「僕は…」
そう言いかけたところで、「啓!来てたんなら挨拶しろよ!」
と聞きなれた声がした。
主様の後ろから西条さんが走ってきた。
主様は舌打ちをすると、そちらに振り向いた。
「え?あ…、取り込み中だったか?いや、そんな顔で睨むなよ。
しょうがないだろ、このパーティーは俺が主催なんだから」
「いや、挨拶が遅れたな。すまない」
全然、謝っているような声色ではないけれど、主様はそう言った。
この社交会は、西条さんが主催なのだとその時に知った。
「主催者には挨拶ぐらいしようぜ。
あ、あと今日はレアキャラも呼んでるんだよ。
おい、帯刀」
西条さんが会場の方に向かって声をかけると、「僕を置いていくなよ。こんなところ、来たくなかったのに、連れ出しておいて放置はおかしいんじゃないか?」と
ブツブツ言いながら、帯刀さんが現れた。
いつもぼさぼさの髪に、無精ひげ、よれよれの白衣だったから、社交会のために着込んでいる帯刀さんは、言われなければ気づかないくらい変貌を遂げていた。
まあ、僕も女装しているし、そういう意味では変わらないかもしれない。
「あれ?スイくんかい?これはまた凄い変身だな。
君を見られただけで来た甲斐があったかもしれないな」
僕に気づいた帯刀さんはじろじろと僕を観察する。
社交会でジロジロみられるのは慣れたつもりだったけど、帯刀さんの視線は、僕を研究対象として見ているから、なんか怖い。
その視線から逃すように、主様は僕と帯刀さんの間に立った。
「む…。そういえば、女性器が出現したか、あとで確認させてくれないか?」
一瞬むっとした帯刀さんがとんでもないことをいう、と同時に西条さんが帯刀さんの頭をどついた。
「俺主催のパーティーで変なこと言うな!!」
と西条さんが憤慨している。
「話にならないな。私とスイはこれで失礼する。
帯刀は二度とスイの目に触れないようにしろ」
と主様は言うと、どつかれた頭を抱えた帯刀さんを一瞥して僕を会場内にエスコートした。
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