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第68話

すぐに馬車がつき、乗り込む。 東堂家の馬車は立派だけれど どうしても距離が近くなってしまう。 先程のやりとりも相まって 僕は主様の顔が見られなかった。 無理矢理窓の外を見ているけれど 主様の視線が伝わってくる。 いつも移動する時はどんな話をしてたか、思い出せないくらい緊張している。 お家に着くと先に主様が馬車を降り、 僕に手を貸してくれる。 ゆっくりと地面に足をつけると、 すぐに主様が僕を抱きしめた。 「スイ」 と、愛おしそうに名前を呼ばれて 僕は改めて、主様が好いていることを実感する。 以前からこんなふうに呼ばれていたのだろうか。 「私と一緒にいたいと言う気持ちをずっと忘れてないでいてくれ」 「は、はい」 それから数分、抱きしめられていたけど 「そろそろ部屋に行こう」と主様に言われ、ここが外であることを思い出した。 部屋についてからもなんだか少し気まずい。 「そ、そういえば、帯刀さんって社交会ではあんな感じなんですね」 「あぁ。久々に見たけどな。 まあ姿があれだけまともになっても、中身はぜんぜんあのままなんだよな」 あの時の発言を思い出して僕は「ははは」と乾いた笑いが出てしまう。 喋らない方がいいタイプだ。 ただ、中身は変わらないという発言が僕は少し引っかかる。 僕がどれだけ、ドレスやお化粧で着飾っても 使用人以下の生活をしていた頃の僕が 滲み出てしまっているのだろうか。 だとすれば、僕が隣にいるのは恥にはならないだろうか。 「スイ?」 黙り込んでしまった僕に、主様が声をかける。 着替える手も止まってしまっていたので 脱ぐ手伝いをしてくれる。 パサリとドレスが床に落ち、 胸の部分にパットがついた肌着が 露わになる。 こんなふうに見た目を女性にしていても 今の僕の体は男だし これから変わる保証もない。 「主様は、どっちの僕がお好きなんですか?」 僕は意を決して主様を見上げる。 肌着も脱がそうとしていた手が止まる。 「どっちとは?」 「男の僕と、女の僕…です」 「スイというだけで、外側はどうでもいいけれど…、スイがいたい姿でいてくれればいい。 社交会でドレスを着るのが嫌なら、次回からはスーツにする」 スーツを着た僕を想像して、 僕は首を振った。 主様の婚約者が男だなんて知れたら、 周りになんと言われるか分からない。 「いえ。今後もドレスで構わないです」 「それでは、何が不満なんだ? 婚約を破談するのは認めないが スイが過ごしやすくなるよう 他の要望があれば聞きたい」 「要望なんてありません。 僕には勿体無い生活をしています。 主様が望む姿でいようと思っただけです」 「そうか…。 私はありのままのスイを好いている。 私の目を気にせず、好きに振る舞ってくれ」      あまり釈然とはしなかったけれど 「主様がそうおっしゃるなら、そうさせていただきます」と僕は答えた。   

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