だだっ広い屋敷の中の最奥、そして最も景色のいい場所にその部屋はあった。 　モダンな中に大正ロマンの匂いの溢れるような和洋室で、元々あったオーク材の焦茶色の骨組みを残してリノベーションされたのがよくわかる。 　木材から放たれるエネルギーと、壁から放たれるエネルギー量が違うからだ。最近は特にスケルトンリフォームされたところが増えていて、それを顕著に感じることが多くなった。 　この部屋は、改装されてからそれほど日が経っていないように感じられた。 　全体的にはシックな色合いだけれども、暗くなりすぎないように気を配られているのか、床はやや明るめのフローリングになっていて、その上には和の色合いを組み合わせた毛足の長い絨毯が敷かれていた。 　クッションや雑貨類も穏やかに光る真鍮やブロンズ製の物が多く、壁の所々には吸音性や遮音性に優れたハイテクな材質が使われている箇所もあった。 　そのうちの一つである多角形の硬質な輝きを放つ壁材は、他社で開発されたものをVDSで応用したものだった。それが販売されたのは、つい数ヶ月前の事だった。 「なあ、ここめちゃくちゃ新しくないか？　家具の買い替えしたぐらいの話かと思ってたけど、多分部屋ごとリノベーションしたばかりだよな。もしかして、池内とここでもう一度暮らすつもりだったのかも……」 「そういえば、さっき『私は引退する』って言ってたもんな。元々そのつもりだったのかもね。照史さんは今年還暦だっけ？　確かお祖父さんとの約束が還暦までだったよね。政治家辞めたら、池内を引き取るつもりだったのかな」 　インフィニティだった頃の池内が、ケアが必要なほど疲弊して戻ってくる部屋だとすると、この部屋の色味ですら暴力だっただろう。 　現に今、俺のレベルでも幾つかの色が俺の目を刺激していて、このまま何もしない状態でここにいると、おそらく徐々に悪化していくだろう。 　しかし、池内は15年ほど前には、センチネルとしての能力をほぼ失っていた。その状態になった池内とならば、ここで同居することも可能だろう。 　つまり、能力を失い、野明未散として再び生きようとしていた池内と、ここでともに暮らそうとしていたのだと思うのが自然だ。 　能力があろうとなかろうと、照史おじさんにとって池内は大切な存在だったのだろう。 　少しでも穏やかに過ごせるように、そして少しでも華やいだ雰囲気を過ごせるようにとの心遣いが随所に現れていた。 　赤は真っ赤では無く薄紅や今様色(イマヨウイロ)が使われていたり、緑は鶯色や老緑(オイミドリ)、黄色は鬱金(ウコン)色や黄土色、青は濃藍(コイアイ)や紺碧が使われていて、基本的に和の色合いが多いためか、刺激に持続性が無い。 　その中に少量の金色が織り込まれている箇所がありはするけれども、それは最小限にとどめられていた。 　むしろ穏やかな暖色が多めに使用されていることで、張り詰めていた神経が解れていくのを感じられた。 　蒼は、俺を部屋の中央にある大きなベッドの上にゆっくりと下ろして座らせると、俺の隣に座った。まだ耳に少し影響が残っていて、ふらふらしている俺をそっと寝かせながら、耳に啄むようなキスを落としてきた。 「んっ」 　耳元への少しの陰圧による肌への刺激と、濡れた音が合わさって心地よく響く。それと同時に、唇の柔らかい感触が優しい刺激となって身体中を巡る。愛おしそうにそれを繰り返されるのを感じ取ると、僅かに気持ちが昂まっていく。 　薄目を開けてふと上を見上げると、そこには黄金糖のような、柔らかくて優しい光の室内灯が下がっていた。シャンデリアと言うには控えめではあるけれども、花びらのような外套を纏った白熱灯は美しかった。そこから放たれる光は優しく蒼を包んで、俺の周りへと降ってくる。キリキリとした負のエネルギーを受けてささくれていた俺の視神経を、さらにゆるゆると解いていった。 　その光によるリラックス効果と、蒼の与えてくれる刺激が、じわじわと体の中へと染み込んで来る。 　不快な刺激を受けると、どうしても体の中の方がカサカサに乾燥していくようで、更にそれが進むとその部分が朽ちてボロボロと崩れ落ちていくように感じる。その結果起きるエネルギーが抜け落ちたような感覚が、センチネルにとっては最も恐怖で、とにかくすぐにでもガイドにそれを満たして欲しくなる。 　今、唇だけで蒼は俺のその空白を埋めようとしていた。俺たちなら、そのくらいのことは横になってキスをしてもらうだけで可能だからだ。 「どう？　少しスキマ埋まった？　いつもより少しだけ体が冷たい感じがするんだけど……思ったより重症だった？」 　言われてみれば、まだどこかからエネルギーが漏れ出ていく感じがあった。アガっていくのがいつもよりは遅いかもしれない。それでも、回復しないような事は無いし、だんだん俺の体温は上がっている。何より、目で見てわかりやすい場所がある。 「でもちゃんと反応はしてる。気持ちいいし、気分も蕩けてる。ただ、確かに遅いかも……でも今はそれを考えたくないんだけど」 　俺は蒼の中心の熱を手でぎゅっと握りしめた。「うっ……何すんの」と言いながら、蒼は僅かに身を捩った。俺に覆い被さった状態で油断していたところを、急に握られたことで少し怯んだ。 「もし進みが遅いんだとしたら、もっと真剣に深いところまで連れていってくれないとダメだろ？」 　握った手を更に下まで進め、指先で会陰から上に向かって擦り上げた。 「ああっ！　ちょ、ちょっと待って。それナシ。俺それされるとダメ……あっ」 　ついこの間、初めて知ったのだけれど、蒼は会陰が弱い。おそらくこれまでほぼ触られてことが無かったのだろうし、俺も触ったことが無かった。会陰が気持ちいいのは、前立腺の開発が済んでいる人間だけだと思っていたからだ。 　これは俺の予想だけれど、蒼がここを触られた時、俺自身がかなり気持ち良くなっていて、それをエンパスで増強した状態で受け取ってしまったんだろう。 　体は、気持ちいいことを覚えると、なかなか忘れない。俺も敢えて何度もこれをすることで、蒼のいいところを増やしてやろうと思っている。 　センチネルがガイドにしてあげられることは少ない。だから、俺が蒼にしてあげられる事は、少しでも増やしていきたい。 「なんで最近そこばっかり攻めるんだよ……これじゃケアにならない……んんん！」 「なるんだなー、これが。だって、蒼が気持ちよさそうなの見てると、俺もめちゃくちゃ気持ち良くなるからな。視覚刺激バッチリ」 「だからって……は、むっ」 　ウダウダうるさい口をガッツリ塞いでやった。 　下になったまま蒼の首に手をかけて、頭を引き寄せた。そのまま体ごと俺の上にドスンと落としてその重みを受け取ると、俺は僅かに歓喜で震えた。 　蒼は絶対に自分からはしないけれど、俺は潰された状態でキスをするのが好きだ。重みを感じていると、この男に愛されているんだという実感が強く湧く。表面だけではなく、その少し内側くらいまで触れ合っているような不思議な感覚がするからだ。 「ん、は……ン」 　少しずつ体温が上がる。息も熱くなる。絡め合った舌先が僅かに離れ、歯列をつうっとなぞられていく。 　その刺激は緩慢ではあるけれど、それをしている蒼を見ているとゾクゾクしてくる。舌を垂らして俺を見下ろす姿に、いつもより少しだけ雄の色気が増すからだ。 　そうやって見惚れていると、上顎をそろそろと撫でられた。その舌を口蓋に当てたまま、急に舌が動きを止めた。そのまま動かなくなり、心地いい刺激を取り上げられてしまった俺は狼狽えてしまった。 ——どうしたんだ？　俺から動かすのを待ってる？ 　いつもの蒼と様子が違う。俺は自分からキスを続けようと、顔を動かそうとした。 　すると、蒼はそれを阻止するように、俺の顔を包み込んで固定してしまった。どうしたのだろうと思い首を動かそうとすると、耳元でパチンと音がした。それは聞き慣れた音だから、それ自体は驚きはしない。ローションの蓋を開けた音だ。 　でも、蒼の片手は俺の首を抱いた状態のままだ。どうするのだろうと思って見上げると、天井から俺の胸に向かって、銀色の細い糸が垂らされるように伸びるのが見えた。 「ふぅ、ン……ん！」 　垂らされた糸は胸の上に広げられ、その上に蒼の大きな手がぴたりと張り付いた。正確に言うと、貼り付けるように広げた手が、ギリギリ突起に触れるか触れないかの状態で静止していた。口は相変わらず、舌が入って止まったままだ。口と胸に動けない常態が作られてしまった。 「あう……あ」 　何か喋ろうとしても、そうすると蒼の舌を噛みそうでできない。身動きすると、手のひらが擦れてしまう。どうするのが正解なのかがわからなくなって、俺は蒼がどう動くのかをドキドキしながら待つことにした。 「はあっ……」 　待っていると、意識が胸に集中してしまう。蒼はほんの少しだけ期待している俺の左胸に触れて、手首をクイっと捻った。その僅かな動きで、きゅうんと腹の奥まで刺激が駆け抜けた。 「はむ、は……あ……」 　触れるか触れないか、刺激が来るのが今か今かと待っていると、指先でくるりと縁を描くように触れられた。動きにつられてニチュ……と鳴るローションが、心臓を跳ねさせた。何もされてない。それなのに、体は熱くなっていく。 「は……は……う、うう」 　俺は空いている左手で、焦らされてパンパンになってきた自分の中心に触れようとしていた。ほぼ無意識だった。その手が動いていることを知ったのは、蒼が体をズラして刺激を与えたからだった。 「んんっ！　ン、ふう、んんんっ」 　いつの間にか下にもとろりとした繋がりがあり、体をズラされるだけで扱かれているよな状態になっていた。上から乗られて潰されているので、胸も下も同時に刺激される。もちろんそのどちらもすうっとそおっとした緩慢な刺激のまま。俺はたまらなくなり、体をガタガタと震わせていた。気がつくと、すっと一筋涙が溢れていた。 　蒼はそれに気がつくと、キスの深度を上げた。 「ン！」 　かぶりつかれるようなガツガツとしたキスを繰り返しながら、体の接触は相変わらず触れるか触れないかの距離を保っていた。もう俺はボロボロと涙を流していた。唇が離れた瞬間、もっと強い刺激をくれと懇願しようとしていた。 「そ……あ、あああああ……っああ！」 　離れた唇は、胸に飛びついてきた。舌先が突起に触れた瞬間、俺はものすごい勢いで熱を吐き出した。あまり気持ちよさに両手をギュッと握りしめて、体を硬直させてしまう。弾け飛んだ白をそのままに、蒼は俺の中心を手で扱き始めた。 「あっ！　ああ、ン、だめ、だめ、急にっ……」 　立て続けにビュクッと吐き出すと、腰が勝手にガクガクと揺れていた。気がつくと体は燃えるように熱くなっていた。息も荒く、考えることは一つだけになっていた。 「蒼、して。お願い！　もう焦らされるの嫌だ……あ、あああ、あああああ」 　また涙をこぼして蒼を見た途端、俺の片足を抱え上げた蒼が、勢いよくナカに飛び込んできた。そのまま、体がぶつかる音と息づいかいの音、ローションが空気と混ざって泡だつ音だけを響かせながら、まるで獣のように抱き合った。 「あ、ああ、蒼……やばいい、なんで、すご……」 　体を打ちつけながらも、肌の薄い刺激に弱いところをするするとてを滑らせて刺激される。集中しかけた快楽と、そのこそばゆい刺激が時に連動して大きな波となって俺を襲ってくる。腹の中はぎゅうぎゅうと締め上げ、その度に蒼は少しづつ奥へと進んでいるようだった。 「あ、待って。待って、だめだって」 　そこまできてから、蒼がやっと口を開いた。汗を流して光顎先を上に向けながら、またいつもより雄の色気を増した顔をしていた。 「深いところに連れて行けって言っただろ？」 　そう言うと、両足を抱え上げて顔を近づけてきた。体が潰れそうなくらいに激しいピストンを受けながらキスをして、蒼の目を見た途端、奥の方からグーッと強い波が迫ってきた。 「や、あ、あ、ああっ、ふあああああ！」 　俺は蒼の背中にしがみついて、近づいてきた肩に思いっきりガブリと噛み付いた。歯が肉に当たる感触が、その内部の組織を潰す感覚まで拾うほど、深く噛んだ。そうでもしないといられないほど、快楽が強くて怖かった。 「翠、キスしよ。こっち向いて」 　蒼は肩から血を流しながら、俺にキスをしてくれた。 ——キスは不安を消すんだよ。 　ずっと前にそう教えてくれた。噛みつかれて痛みがあるだろうに、俺の不安を消す方を優先してくれる。その愛の深さに、また気持ちよくなってしまい、俺はそのままその波に飲み込まれていった。