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第13話 ブンジャガの誘い
潜入捜査が決まり、VDS事務所内ではスタッフ総出で事前準備の手続きに奮闘していた。
二人の身分証明証の作成や住居の決定などの社会性の設定、印象をどう残すかによるビジュアルの設定、性格の作り込みなどの内面の設定で、日々は慌ただしく過ぎていった。
気がつけば初夏を迎え、そろそろ浮かれた連休がやって来る。
若いセンチネルたちが亡くなっていくことを考えると、若者が集うイベントごとが多い夏は、特に危険が増すと考えられていた。そのため、早急な決着を求められていた。
ただ、そのために翠の命を犠牲にするわけにもいかず、最低限の準備期間を設定してもらっており、そのリミットが昨日で終わった。
つまり、明日から翠と俺は、自室を離れて別の部屋で暮らす。夜にはあのダイニングバー「ブンジャガ」に潜入捜査に入る。
「蒼、今日って俺たちしちゃいけないんだっけ?」
翠がバスルームからローブ姿で寝室に戻ってきた。俺の背後から近づいてきて、ドンっと飛び掛かるように抱きつくと、全体重を俺に預けてくる。それでも翠は細身なので、その重さがかかったとしても俺には全くどうと言うこともなかった。
「なに? したいの? 明日大丈夫?」
「んー? いや、お前ほどじゃ無いけど、俺だってセックスしたくらいで仕事できなくなるほどヤワじゃねーよ」
そういう翠がかわいいと思ったから抱きしめようと思っていたら、背後からそのまま後ろ向きに引き倒されてしまった。俺の体重がかかったまましがみついている翠は、背中に顔を擦り付けながら楽しそうに笑っていた。
「いってー。お前が途中で止めてくれると思ってたのに」
ケラケラ笑う翠は、とても愛おしかった。
俺は首を捻って「翠、キスしてよ」と言った。その時振り返りながら書いだ香りは、明日からの潜入のためにいつもと違うものに変えられていた。それが少し寂しいなと感じていたのを悟られたのか、翠から深いキスが贈られる。
「んっ」
翠は後ろから俺の首を抱き抱えたまま、手のひらで優しく頬を撫でてくれた。そのまま髪をかき上げられると、耳に手を触れた。温かい手が敏感な耳を触ると、背中にうすく快感が走った。
翠はそのまま耳朶をすりすりと触りながら、ふっと息を漏らした。
「すごいな、このタトゥー。めっちゃくちゃ怖く見えるぞ。お前じゃ無いみたい」
そう言って、頬から手を滑らせると左肩や腕、指先にまで施されたボディペイントのタトゥー擬きを撫でていった。
そこには、幾何学模様とともに、炎を吐き出す不死鳥が描かれている。
そしてそのタトゥー擬きは、これだけではない。ずっと下の方、右の腰のところにも一つある。
それは独立した絵柄で、翠はその柄がかなり気に入っているらしく、「見せて」と何度も言われた。さすがに場所が場所なので、家でしか見せられない。
俺は体を回転させて起き上がり、「今日はこれ見なくていいのか?」と勿体つけながら服を脱いだ。
「見たい! いやあ、すごい好きなんだよこれ。なんでだか全くわかんねーけど、ずっと見てたいくらい」
そこに描いてあるのは、狼だった。
右の腰骨あたりから後背部にかけて描いてあり、下から上を睨みつけるように見上げている。睨め付けた先には、炎を吐く金色の鳥が描いてある。
ボディペイントを依頼したアーティストの女性が「上からアルファを描くようにと言われているので」と言っていた。その仕込みの絵柄をやたらに翠が気に入っているのが、俺としては少々不満だった。
「ん? 何か面白く無いのか?」
「だってさ……俺、翠が狼が好きだとか知らなかったから……他の男に俺の体使って喜ばされてるのって、なんか嫌だ」
すると翠はまるで子供のようににいっと笑った。それは、俺がこれまで見たことがない、幼くて無邪気な姿だった。
翠は自分の生き方をほぼ自分で決めてきた人生を送っているためか、一般的な年齢よりも精神年齢が高めだった。
いつも優等生然としていて、慌てることも無い。いたずらをするような同級生を、冷めためで見てはため息をついているようなタイプだった。
その翠が、小さな子供のように無邪気に笑っている。俺はその姿を見ることが出来た喜びと、これまでその顔をさせてあげることが出来ていなかったことに気がついた不甲斐なさで、感情が乱れてしまった。
「蒼、お前明日からめちゃくちゃ強えーヤバい男として過ごすんだろ? 大丈夫か?」
「あ、うん。大丈夫……」
「本当か? 命懸けの現場だぞ?」
それを言われて、俺はハッとした。そうだ、俺は取り返しがつくけれど、翠は下手したら明日にも死んでしまかもしれないのだ。だとしたら、今日はとても貴重な時間を過ごすことになるかもしれない。
——他のことは、これが終わってから考えよう。
「蒼? で、抱いてくれますか?」
翠はゴロンと寝転がり、俺の膝に頭を乗せて下からじっと見上げていた。どうやら翠は、危険な現場に出ずっぱりだった頃のことを思い出したようで、やや自分を軽んじたような表情をしていた。
『大丈夫だよ。俺が死んでも誰も困らないから』
そう言って笑っていた頃のようだった。
本当は、それを否定したい。でも、それをするとおそらく明日からの日々は乗り越えられない。ここから数日は、死んだって構わないと言う気持ちでいく。今がリミット。だからこそ、楽しめる時は全力で楽しむ必要がある。
「もちろん、抱かせていただきますよ」
翠の手をとり、甲に口付けをした。リップ音を鳴らしながら、俺の唇の質感まで伝わるように、ゆっくりゆっくり押し付けて離す。翠の好きなキスのやり方。それを繰り返しながら、視線は翠を捉えたままにしておく。
じっと見つめられながら繰り返されるキスが、唇に来ないことで焦れていく姿を楽しんだ。
「っん、ねえ、ちょっと……」
目を離さないまま、手の甲から上へとキスを送る。一つずつ、ゆっくり、フニフニとした肉感を与えながら時折ちゅうっと少し啄む。その度に、翠の中心からトントンっと俺の方に近づいてくる。
肩口にキスをすると、待ちきれなくなったのかズ……と鼻を啜る音が聞こえた。
俺は翠のほおを両手で包んで、「ごめん、そんなに辛かった?」と訊きながら髪を撫でた。そして、唇に一度だけ、長くて甘くて翠の大好きな、あの唇を揺らすキスをあげた。
それで少し落ち着いたのか、グシュグシュ言いながら俺を睨みつけた翠が「お前、最近焦らしすぎ……」と言ったところで、ゆっくりうつ伏せにさせると、そのまま一気に奥まで貫いた。
「ああっ! ……んんんー!」
翠の体がビクッビクッと大きく跳ねる。想像していたよりも強い快楽に襲われたのだろうか。翠は何も言わずに、震えていた。
「翠……」
「あ、蒼っ、んっ、ふっ」
必死に息をしながら、俺と繋がっていることだけに集中している姿に、体の奥の方から何かが込み上げるようだった。
「愛してるよ、翠」
「お、れも……んっ!」
話そうとしても言葉も続けられないほど気持ちがいいのかと思うとたまらなかった。それに、さっきからずっと奥が震えている。
だんだん肌に血色が濃く浮かび上がってきて、視線は熱く蕩けていた。
「もっと奥に入るよ?」
「あっあっちょっ……まっ」
翠の体をシーツの上で少しだけこちらへ開いた。
体の右側だけ布団につけた状態で、左足は抱え上げて肩のせた。上がったままの左腕を掴んで足の外側から俺の方へぐいっと引く。すると翠は「ひあっ!」と悲鳴のような声をあげた。この状態だと、かなり深くまで入ることができる。
「ひあああー! あっあっあっ……んぅー!」
毎日朝夜抱き合うため、準備があまり必要のない翠の体は、焦らしに焦らしたことで、更にすんなりと奥の奥へと俺を迎え入れたてくれた。
「はあっ、ちょ、んん、あん、だっ……」
奥に入ったまま、それをさらにグイグイと押し付けた。そのまま翠の耳を舌で這う。執拗な蛇のようにそこを通ると、翠はおよそセンチネルとは思えない大きな声で喘いだ。
「あああ! だめ、だめ! それ、ダメだって!」
キスも、入る場所も、それ以外も。俺がいるのは、翠のためだけ。
「いくっ! 蒼、もうダメ! ううう……んんん!」
だから、翠も俺だけのものだ。
「ぁぁぁあああ!」
いつも言うことだけど、今日のこの思いは必死だ。
明日、もしかしたら敵に抱かれる必要が出るかもしれない。そこは誰にも否定できない。
だから、今日の翠は俺だけのもの。
「蒼……はあっ、蒼……、あっ! ん、ねえ、まだ、もっと!」
これはケアじゃないから。
「当たり前だよ。明日の昼まで抱き潰すからな!」
あの日、恋人としてのセックスも奪われた。
俺は翠を傷つけた。
あんなの絶対に許せない。
これから先も、ずっと自分を許せない。
だからこそ、もうこれ以上誰にもこんな思いをさせたくない。ペアのセンチネルを自分の手で壊すなんて、あってはならない。
——ナオとトモのためにも、黒幕を引き摺り出してやる。
俺がそう誓うと、その思いに反応した翠がしがみついてきた。
「俺もっ……ぜっ、た、い、捕まえ……う、ぅううあっ!」
そう言いながら、褐色の肌を見せつけるようにそり返り、白い飛沫を噴き上げた。
◇◇◇
「はあ、はあ……うっ、もう少し……」
廊下の外に、情けない声が聞こえ始めた。手すりを握りしめては体ごと前へと引きずる。あの音は何度聞いても気持ちが悪い。
この店の名前じゃないが、まるで地を這う蛇だ。ずるりずるりとみっともなく這いずりまわり、たいした役にも立たないくせにしっかりと褒美だけは欲しがる。
俺はチラリと時計を見た。23時ジャスト。
——相変わらず時間だけは正確だな。
そう思いながら、目の前の客に勘付かれないようにと視線を配った。
カウンターからまっすぐ向かいの壁には、大きめの鏡が置いてある。店内は薄暗い。いや、そんな生優しいものではなく、席を外す時にはライトを持たされるほどに暗い。鏡に反射して映る鏡像がどこからが現実でどこからが虚像なのか全く見分けなつかないほどだ。
その世界に、チラッと小さな光が映り込んだ。
——あのバカ、電気の映り込みには気をつけろって言ったのに!
俺は目の前の客にチラリと視線を向けた。すると、タトゥーを入れた方のイカつい男が、じっとこちらを見ていた。隣の男は、ずっとこの男の不死鳥が描かれた左腕に絡まったままで、カウンターでいちゃつくこと3時間だ。しかもそれが、ここ数日ずっと続いている。
俺は今日初めて見たのだが、バイトのバーテンからイカつい男とやたら色っぽい男のゲイカップルがいちゃつき過ぎてクレームが出ていると連絡があった。
仕方がなく来てみると、本当に酷いいちゃつき方をしていた。
時に派手な音を立ててキスをしたり、時に色っぽい方がイカつい方に跨ってみたり。見ているこっちが恥ずかしくなるような行動を繰り返す。
数日前、去り際の色っぽい方にそれとなく注意してみたら、イカつい方に睨まれた。それ以来、何も言えずにいる。
今日は腕に絡みついているだけだから、マシな方だ。だから俺は何も言った覚えはない。それでも目が合うと睨まれそうで恐ろしく、スッと視線を外してしまった。
「ごゆっくりどうぞ」
俺はそう言ってその場を離れると、バックヤードにいるあいつのところへと向かった。
あいつは、ゴソゴソと服を脱ぎ捨てていた。そして、仮眠用のベッドの上で裸になっていく。このベッドは俺が良く眠れるようにいいベッドだし、この部屋は他のやつに邪魔されないように防音措置がしてある。
なぜなら、俺が今からここでこいつを抱くからだ。こいつの喘ぎ声など、人様に聞かせられるものじゃない。
ふとあいつの体を見ると、紫色の牛柄の服を着ているのかと見紛う程に、アザだらけだった。俺は暴力は振るわない。どこで誰にやられたんだと思うと、胃の方にチリッとした痛みが走った。
「なんだお前、SMプレイでもして来たのか?」
俺がそう声をかけると、まるで飼い主を見つけた犬のように走り寄ってきた。そして、片手でベルトを外していた俺を見つけると、その手をガツっと掴んで被りを振った。
「ダメですよ、俺がしますから。一人でしないでください」
そう言って、そいつはむくれて見せた。愛し合うもの同士なら、可愛らしく見えるのだろう。だが、俺は別にこいつのことが好きなわけではない。その顔を見ると、ただ腹が立つだけだった。
俺は引きずってベッドまで辿り着くと、男を組み敷いて、その両足を俺の肩にかけた。
そして、「してほしかったら、なんか言え」と言った。じっと男の目を見ると、頬を赤らめながらも視線を逸らされた。そのくせ直ぐに俺を見つめ返すと、唇をキュッと結んで何か腹を決めたようだった。
男は俺の中心を両手で掴むと、手を上下に動かし始めた。取り立てて特技の無いこの男は、何故かこの手でする行為が異様に上手い。
恋愛感情など露ほどもないが、すぐに息が上がってしまうほどには弄ばれてしまう。
男は俺の準備が整うのを見ると、期待に顔をだらしなく崩しながら懇願した。
「お願いします、これ、俺に入れてください」
そう呟きながらも、まだ手は動いていた。
何が違うのだろうか。やたらに気持ちがいい。堪らなく浮遊感に浸ることができる。
出来るならそのまま浸りたいところだが、俺にはこいつにすべき義務がある。
その男の手の動きを止めると、握っていたものを今度は後孔へと触れ、そのまま中へと入っていった。
「あああっ!」
男は身を捩りながら涙を流した。
はあはあと息も絶え絶えに、それでも俺の方を見て叫んでいた。
「ああんっ! あっ! きっ、気持ちっ……気持ちいいですっ!」
大声で叫びながら、だらしなく涎を垂らす男を見ていると、嫌悪感が湧いてくる。それでもその中にわずからながら、俺にも興奮するところがあった。
——なんだろう、この男の何がそうさせるのか……俺には全くわからない。
男は、俺の動きに合わせて、ガクガクと揺れる体をどんどん赤く染めながら、はしたない嬌声を上げ続ける。昂りも早く、腰が砕けそうなほどの痙攣を起こして、あっという間に果ててしまった。
「薬の影響ってのは怖いな。普段のお前からはそんな姿は想像もつかない」
俺は男の中からずるりと中心を抜くと、そのまま服を整えてタバコに火をつけた。
そして、果てたまま眠りについている男の髪を撫でながら、形だけの感謝を述べた。
「今日もたくさん破壊して来たんだな、環。いい子だ。偉いぞ」
俺のその言葉が聞こえたのか、環は幸せそうに微笑んだ。
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