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第24話 告白

「はい、咲人です。はい? 本当に!? あー……はい、はい、わかりました」  俺と鉄平、咲人さんと野本さんでキャンプ場の管理室を捜索することになった。  あのリキッドは大学構内で創薬されている様子が無く、  他の場所で作るとして他に使いそうな場所はと考えると、ここが一番適しているだろうと思われたからだ。  バンガローを全て周り、残りは管理室だけとなっていた。  そこの捜索を始めてすぐに、咲人さんに電話が入った。 「どうした? 晴翔さんからだったんだろう?」  電話を受けた後に、咲人さんはその場にしゃがみ込んでしまった。  野本さんが心配して声をかけるのに、泣きじゃくって答えられない。 「え? 晴翔さんからの電話で泣いてるって……鍵崎さんか和人に何かあったんですか!?」  俺たちはあまりに咲人さんが泣くので、良くない想像ばかりしてしまった。  捜査なんかやめて帰ろうかとしていたところ、咲人さんがブンブンと腕を振るのが見えた。 「ち、違う! 目、覚めたって……か、鍵崎の、目、が。ケア、成功、し……ううう」 「本当ですか!?」  俺は思わず咲人さんのスーツを掴んでブンブン振ってしまった。咲人さんは首がガクガクなっているのに、それに構わず「うんうん」と涙を流しながら笑っていた。  俺も鉄平も、もっと早く学生を制圧出来ていたらと後悔ばかりしていた。  もし鍵崎さんが助からなかったらどうしよう、和人の体力は持つだろうかと心配ばかりしていた。二人とも、助かったみたいで安心した。  気がつくと、四人とも泣いていた。そして、一度流れ始めたら止められなかった。 「で、でも、探すぞ……ぐすっ、リキッド作ってる場所を特定して、回収まで……」  咲人さんが泣きながらも捜査を再開しようとした時、奥の方からほんのりと甘い香りが流れてきた。そして、小さくキィと扉の蝶番が鳴る音が聞こえた。その付近に、消え入りそうな呼吸音も聞こえた。 「咲人さん、甘い匂いと消えそうな呼吸音……」 「俺にも聞こえた。あっちだ。行こう」  池本と河本が武器を仕込んでいたこともあって、今刑事コンビの二人は手に警棒を構えた状態で捜査をしている。 「危険かも知れないからな。俺が言うまでは、前に出るなよ」  最奥の赤い扉の中に、わずかな呼吸音が聞こえる。その音は今にも消えそうで、急いで発見する必要があった。 「劇薬庫……キャンプ場にそんなものを作るんじゃねえよ、危ないな」  咲人さんが前に進み出た。そして、呼吸音がか細いもの以外には聞こえないことを確認した。 「扉を蹴破ると爆発の危険があるかも知れないから、翔平が透視してくれ。お前の方が見えるだろう?」  そう言って、俺に扉の前を譲ってくれた。  俺は咲人さんよりランクが高く、視覚優位のパーシャルだ。そのため同じものを透視しても、映像の精度が俺の方が高く見える。  咲人さんはそういうところで変に意地を張らずに、成果重視で的確な人選をする。  良家出身でエリートなのに、驕ら無いところを尊敬している。 「扉の目の前に、男性が倒れています。体温が下がってます。それに……出血し始めてるかも知れません! 年齢五十代、身長……とりあえず、他に人はいませんし、アクティブになっている爆発物や仕掛けもありません。助けましょう!」 『了解。行け』  通信機から田崎さんの声が聞こえた。どうやら仕事に戻ってきたらしい。俺たちは劇薬庫と書かれた赤い鉄扉を勢いよく開けた。  目の前に、壮年の男性がうつ伏せに倒れていた。顔の下に血溜まりが出来かけている。吐血しているようだった。 「田崎さん、吐血してるみたいです。どうしたらいいですか? 仰向けにすると窒息の危険が……」  俺が通信機で田崎さんに対処を尋ねていると、後ろの方で悲鳴が上がった。 「咲人さん? ちょっと、聞こえな……」 「明菫おじさん!? どうして、リキッドの開発には関わってないはずじゃ……」 「え?」  倒れていたのは、白崎明菫だった。香りからして、かなり大量のイプシロンを飲んだ可能性が高い。ミュートの彼がイプシロンを摂取する理由はケアだけのはずだ。でも、今ここには他に誰もいない。 「田崎さん、倒れているのは白崎明菫だそうです。血を吐いて倒れています。しかも、ものすごく濃いイプシロンの香りがするんです。この人ミュートですよね?」  むせかえるようなイプシロンの香りにクラクラと頭が揺れる。このままここにいると能力が使えなくなるかも知れない。俺と咲人さんは急いでいた。 『翔平、もしかしたら明菫は自殺を図ったのかも知れない。うつ伏せにしたまま待っておけ。ここに運ぶ』 「了解です。俺たちこのままここにいたら能力が使えなくなりそうなので、一旦外に出ます」 『わかった。急がせる』  通信を切って、「外へ出よう」と四人揃って外へ出た。  キャンプ場の空気は澄んでいて、深呼吸をするとクラクラしていた頭も少し楽になった。このままここでイプシロンが抜けるまで待つことにした。 「なんでこんなことになったんですかね」  鉄平がボソッと呟いた。その声は、怒りを通り越して、悲しんでいた。今まで見たこともないくらいに疲れ切って、顔色も悪い。 「さっき鍵崎さんを襲った連中の中には、天野や水野もいました。あいつら、すごくいい奴だったし、他に悪い噂なんて聞いたことがない。それなのに、あんなふうに誰かを薬漬けにしようなんて……ミュートってそんなに生きづらいんすかね。でも俺も翔平も去年まではミュートだと思って暮らしてました。大学生になったらそんなに違うのかな……俺たち、人にあんな目で見られるような存在なんですか?」  口からポロポロとこぼれ落ちる絶望感が、痛かった。見ていてすごく痛かった。  鉄平がこんなふうに泣くなんてすごく珍しいことだ。俺のことではあったかも知れないけれど、自分のことでこんな風に泣くなんて、初めてじゃないだろうか。  基本的に人のことはどうでもいいと思っているし、空気も読めない。読もうともしてない。合う人とだけ仲良くしていればいいと思っている。そんな男が、こんなに悲しむなんて思いもしなかった。 「俺も去年まではミュートとして暮らしてたからな。言いたいことはわかるよ。でも、覚醒したら能力者としての人生が待っている。ミュートとして生きていればぶつかるような問題とは縁が切れる。だから、あいつらの気持ちなんて分かりようがない。それに、お前は何も悪くない。気にするな」  咲人さんが自分に言い聞かせるように鉄平にそう言うと、鉄平は「そうなんですかね」と呟いた。すると、今度は野本さんが口を挟んできた。 「鉄平、お前はまだガイドの新人だ。今はペアのケアをすることだけを考えろ。守る範囲は、年々広がっていくはずだ。お前が大学を卒業する頃に、所轄の担当範囲の少年が守れるようになってればそれでいい。今は翔平だけを見てろ」  鉄平は何かに弾かれたように、顔を上げた。ガイドの心得のようなものが胸に芽生えたのかも知れない。半年前に一度その顔を見せてくれていた。それを思い出したようだった。 「それに、あいつらはまだ何も頑張れていないんだ。他人や薬物は自分を変えても一時的なものだ。結局、自分を変えられるのは自分だけなんだよ。それを今のあいつらに教えるのは、俺たち世代の大人だ。任せてくれたら嬉しいんだが」  そう言って、とても優しい笑顔を俺たちに向けてくれた。心から安心できる、大きな存在がある。俺たちは恵まれているんだと思った。 「はい。よろしくお願いします」  俺と鉄平は、揃って頭を下げた。 ◇◇◇ 「声をかけてあげてください。そろそろ目が覚めると思います」  晴翔にそう言われて、三人で病室へと入った。揃って出かけることなど、二十年ぶりだろうか。おそらく歓迎はされないだろうが、今全てを詳らかにしておかなければ、彼の今後にも関わるだろう。お互いに目で確認しあい、声をかけた。 「明菫」 「明菫くん」 「白崎さん」  それぞれの呼び方で、何度か声をかけた。ふっと瞼が開く。晴翔が状態の確認をする間、少し下がり様子を見ていた。その間、明菫の目は、こぼれ落ちそうなほどに大きく開かれていた。 「なんで……なんで野明未散がここに?」 「明菫、私よ。声でわからないの? ああ、年をとったからかしらね。なんだか複雑だわ」  その話し方でわかったのだろう。明菫くんの目はさらに大きく開かれた。  起きあがろうとしたのだろうが、もちろん体は拘束されている。自殺未遂をしているので、ここで同じことをされないように処置されていた。 「多英姉さん? どうしてそんな……亡くなったはずですよね」 「一度にはっきりさせた方がいいでしょうから、全て説明するわ。でも、その前に……」  多英は一歩下がると、深々と頭を下げた。 「え? なんですか? 何を……」  訝しげにしている明菫の言葉を遮るように、「ごめんなさい」と大きな声で謝罪した。 「私が、あなたにはっきりと言えば良かったの。私はあなたを愛せない。それに、照史さんとは結婚するけれど、入籍しているだけだと、ちゃんと説明すれば良かったの。私は菊神さんと恋仲なのよ。結婚する前からずっと。私は女性しか愛せないの」 「ど、どういうことですか!?」  それから、多英は私と未散と彩女さんとの約束事の話を全て話した。  明菫くんはそれを聴きながらどんどん青ざめていった。  そして、私の方を見ながら恐る恐る口を開いた。 「じゃあ……私は勝手にあなたを恨んで一人で暴走していただけけですか?」  私は何も言えなかった。  私たちの決断は、あまりに多くの人を不幸にした。明菫くん、四人の子供達、鈴本くん、そして今回多くの人を殺めてしまった二人。  その全てが、私たちの中途半端な覚悟の上の犠牲だ。 「でも、あなたがsEを作ったのも、イプシロンを広めたのも、本当は優しさだったんでしょう? それが途中から弱者を操る悪人みたいに噂されてしまって、誰も庇ってくれなくて……その流れに乗せられて抜けられなかったのよね?」  私はつい、多英のことを酷い女だなと思ってしまった。  叶わない思いを抱えて暴走してしまった男に、中途半端な優しい言葉をかけるなんて……。    それならまだ、恨んででも生きていけるくらいの気力を与えてあげればいいものをと思ってしまったのだが、彼を支えてくれそうな人がいるから、後でそれを教えてやろう。 「明菫くん。リキッドを作った子たちは逮捕されて、亡くなった人に君の作った薬が関わっていないことも証明された。だからこれからも白崎製薬はクラヴィーアの創薬に携わり続ける。イプシロンは緊急薬として販売することになった。sEはまだ検討中だ。このデータを残してくれていたのは、鈴本くんだったよ」  私は明菫くんの肩に手を乗せた。そして、その肩をぐっと掴んだ。 「そのデータの信憑性は晴翔たちが証明してくれた。ここまで一人で騒いでおきながら、君は無罪放免で今後の人生も保証されている。鈴本くんや他の亡くなった子達のために、死ぬ思いで生きて、クラヴィーアの完成を見届けろ」  私はもう、先が短い。年老いてガイドの能力を失ってしまったため、生命力も共に尽き掛けている。それでも、今あるだけの力をこの男の肩に込めておきたかった。 「多英への愛が尽きた瞬間を知っているだろう? 君は鈴本くんを愛していたはずだ。このことに関してだけは、彼を愛した時に方向転換すべきだった。君に引き際を読む力が足りなかったのがいけない。だから」  明菫はバシッと私の手を払い落とした。そして、「ガイドの言うことは信用できない」と言い放った。それを見て、私は床に膝をつき、彼に視線を合わせた。 「私はもうガイドではないよ。未散が亡くなった時に、遺志を聞くために力を使い果たしてしまったんだ。その時から急激な老いが始まっていて、もうすぐ迎えが来る。だから、今どうしても言わせてほしいんだよ」  それを聞いて、明菫の目の色が変わった。敵対心しか持っていなかった私に対して、同情の色を含んでくれている。やはり、多英の言うとおり根は優しいのだろう。そしてお人好しだ。 「鈴本くんを悼みながら、新しく愛せる人を見つけなさい。いや、君を愛してくれている人に気がつきなさい。そして、その人が支えてくれる人生が待っているのだから、まずは自首しなさい。殺人には関わっていなくても、薬事法に引っかかることは散々やっている。司法の判断次第では、麻薬取締法にも引っかかるかも知れない。それでも待っていてくれる子だ。君も憎からず思っているはずだ」  明菫はその言葉を聞いて不思議そうな顔をしていた。おそらく、自殺しようとしたのは、鈴本くんと共にあろうとしたからだろう。ただし、本当は今支えてくれようとしている人の存在にも気がついているはずだ。 「君は一度その選択を間違えたんだ。今度は素直になりなさい」 「あ……」  私は鈴本くんの写真の入ったペンダントを持ってきた。これは、彼のものだ。最近になって作られたもので、死ぬ決意をして初めて身につけたらしい。 「これからはこれを身につけて生きて行きなさい」  ペンダントを彼の手のひらに乗せ、指を折り曲げてぎゅっと握り込ませた。そして、その手を包んでもう一度繰り返した。 「いいね、間違えてはいけないよ。私も、多英も、未散も、彩女さんも、怯えて間違えてしまったんだ。まっすぐ突き進んで、大きな愛を受け取りなさい」  それから二人に目で合図をして、その場を離れた。  スライドドアを開けるのも一苦労になった老体を奮い立たせ、外に出た。  顔を上げ、そこに立っていた彼女に頭を下げる。相手もしっかりと挨拶をしてくれた。 「あの子のことを、よろしくお願いします」  多英がそう声をかけると、彼女は穏やかに微笑んだ。 「任せてください。最初は人同士としての支え合いで構わないので。時間がかかっても大丈夫。だって、私若いから」  そう言って、金色の長い髪をゆらして、輝くような笑顔を振りまいた。

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