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「……びっくりした」 ドアを閉め、鍵を掛けたたあと、柴は思わず独り言を漏らした。 「──まさか槐君にお前の姿が視えるなんてなぁ、虎鉄(コテツ)」 柴の足元には、小さな豆柴が黒い瞳を揺らしてまとわりついている。 「彼が元々そういう体質なのは、なんとなく気付いていたけど……俺と話したせいかな」 しかしその身体は透けていて、撫でてもふわふわの感触は一切しない。 ハッハッと犬特有の荒い息をしてはいるものの、その暖かみを感じることもない。ピカピカの鼻に触れても指は濡れない。 「槐君、明日から大変かもね」 柴はつい先程、礼二郎の悲鳴が聴こえるまで特に急ぎの課題もなく夕食後は暇を持て余しており、映画でも観ようかと思っていた。 しかし暇は礼二郎によりあっさりと解消され、もう映画を観る気は無くなった。そもそも観たいと思う映画も最初から無かった。 突然、静かな部屋にスマホの着信音が鳴り響いた。 液晶画面を見て名前を確認し、タップする。電話の相手は父の知り合いの不動産屋だ。高校生の頃はわざわざ父を介していたが、もう大学生なので最近は直接やり取りをしている。 「もしもし、」 『あっもしもし、京介君? お疲れ様です渡邉です~! 夜分にすみません』 「いいですよ別に、普通に起きてたので。渡邉さんこそ残業ですか?」 『ハハ、実はそうなんだ。また一件苦情が入ってねぇ……夜中に物音がしたり何かの気配がするから、こんな家住めないとかなんとか。でも引越したばかりで金がないからなんとかしてくれっていう。困るよねーホント……安く住みたいから事故物件を紹介してくれって言ったのは先方なのにさぁ。京介君、今週中になんとか出来ないかなぁ?』 「じゃあとりあえず20万用意してもらってください。頭金5万、除霊後に15万、相手が応じたらすぐやりますよ」 『分かった、交渉してみるね』 「俺は断られても構わないので。そっちの取り分は今までどおりで」 『了解で~す』 柴は通話を終了させ、ふうと息を吐いてソファに座った。渡邉は不動産会社への手数料込みで30万を請求するに違いない。初めから心理的瑕疵物件だと納得して契約したのだから、自業自得というものだ。金額に納得が行かなければ他の業者に頼めばいい。 しかし他は50万~100万くらい平気でボッタクる足下見まくり業者が多いうえに、そのほとんどは詐欺である。どちらを選ぶかは依頼人の好きにしたらいい。 「──別に俺たちは全然困らないよなぁ、虎鉄?」 クゥ~ン 柴は脳内で響く甘えたような鳴き声に思わず口角を上げ、実体のない背中を優しく撫でた。

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