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 柴は反対側――左側に住んでいると言っていたので、柴ではないと分かっている。しかし昨日柴と友達になったせいか、なんとなく右隣の住人とも顔見知り程度になっておこうかな、という気持ちが湧いたのだ。  ――なので。 「あの、おはようございます。すいません、魚を焼いているので少し臭いがするかもしれません」  思い切ってベランダに出て声を掛けてみた。しかし反応がない。 (聞こえなかったのかな? 外、出てきてたよな……?)  少し不信に思った礼二郎は、非常用の仕切りから少し顔を出して右隣のベランダを覗いてみた。少々不躾だとは思ったが、聞こえているのに無視する方が悪いじゃないか、という気持ちが少しだけある。 「!」  住人と目が合った。30代くらいの男性で、寝起きなせいか髪はぼさぼさで無精髭が生えている。それは別にいいと思うが、あまりにも顔色がひどくて――思わずギョッとしてしまった。 「あ、あの、大丈夫ですか? めちゃくちゃ顔色悪いですけど。救急車呼びましょうか……?」  男性は数秒間黙って礼二郎を見つめたあと、無言で部屋へ戻って行った。どうやら大丈夫らしい。 「なんだあれ……?」  せっかく人が心配してるのに無視かよ! と少々憤ったが、別に頼まれたわけではないのですぐに頭を切り替えた。今後は右隣の住人と会っても会話なんかせずに、会釈だけしようと心に決めて。 「って、ししゃもが焦げるー!!」  礼二郎も急いで部屋へと戻った。

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